雄鶏と卵と年下の子
単体では特に関わりもない3つの強烈な記憶が1日で刻まれたある思い出です。
私が通っていた幼稚園には、当時から小柄だった私の背丈より大きな雄鶏がいました。名前はコケ君。
立派なトサカで茶色い体に尾は黒く、なんという種類なのかは知りませんでしたが、
とにかく大きくてオスらしいキリっとした顔でした。
単体で専用の小屋に飼われていた彼は牝鶏が大好きで、放すとすぐ牝鶏たちの鳥小屋に寄っていくという、今思うと可愛い子でしたが、当時の私には恐怖の対象でした。
なんせ頭は私より上にあるし、体の横幅もモリッとしていて、足先もその爪もすごく大きいんです。
もう怖くて怖くて怖くて、外に出てコケ君が歩いていたら教室に駆け戻るレベルでした。
そのコケ君が大好きな牝鶏ですが、こちらは私でも全然怖くない普通サイズの白い鶏です。
何羽くらいか覚えてませんが、広い小屋で結構たくさん飼われいて、
毎日の掃除の時に卵を見つけたら先生たちに預け、園児たちに順番に配られていました。
あるとき私は、掃除の時間でも何でもないときにその小屋に入っていて、偶然卵を見つけました。
急いで拾って先生に届けなきゃ、と小屋から出たところで、よりによって目の前にコケ君を発見。
驚いたはずみで卵を取り落とし、地面に落ちた卵はパシャンと音を立てて割れました。
当時の私が卵に対して持っていた感覚は、たぶん「命そのもの」だったのでしょうね。
その命を一瞬の不注意で壊してしまったんです。
割れた卵を見た私は、もはやこの世界の誰にも許してもらえない罪を犯したような、絶望的な気分になりました。
思考は停止し、目の前のコケ君ももはや目に入らず、泣きそうになりながら割れた卵の前に立っていました。
そのとき「どうしたの?」と声を掛けてくれたのは、1歳下の年少の男の子でした。
彼は半泣きの私を見てすぐ校舎の方へ戻ると、箒とチリトリを持ってきて、素早く卵を片づけてくれました。
ゴミ焼き場の方へそれを持って行きながら、
「これでいいよ、大丈夫」
と言ってスタスタ去っていった彼は、ものすごくかっこよかったです。
その頃の私は、年上なら自分よりしっかりしているんだから敬うべきで、年下なら自分より幼いんだから面倒を見てあげなきゃ、と割と本気で思っているような子供でした。
先生たちもそういう指導をすることが多かったのも影響していますが、
自分が解決できないことを年下の子が解決できるなんて、ありえないと思っていました。
幼稚園児でも1歳の歳の差だけでそこまで考えてたんだから、教育って侮れないですね。
この強烈な体験は私に、いくつかの発見や教訓をくれました。
1つ目は見た目だけで相手を怖がらないこと。
コケ君はなんにもしなかったんです。卵を落とした私の側にずっと立っていただけでした。
見た目や雰囲気だけで怖がって逃げ回っていたら、本当のことは何も見えなくなります。
のちにコケ君を間近で見られるようになった私は、彼が周囲に注意を払いながらゆっくり足を上げ、またゆっくり下ろし、決して走らないのだと知りました。
2つ目は「命を奪う」ということの恐ろしさ。
直前までほんのりと体温を残していた卵は、食べるために取っていたとはいえ、命の象徴でもありました。
不注意で落としただけでも、あの決して取り返しのつかない罪を犯したという感覚は、今も鮮明に覚えています。
何かの、誰かの命を奪うのはそういうことなのだと、初めて分かった瞬間でした。
3つ目は条件だけで人間関係を構築しようとしないこと。
何もできない私の代わりにさっと片づけをして、「大丈夫」と安心させようと声を掛けてくれた彼は、
間違いなく私が敬うべき人でした。
歳が上か下か、ただそれだけで全く知らない子を侮っていた自分が恥ずかしくて、
それ以降、立場やレッテルで人との関係を決めないように気をつけようと思いました。
さて、何で今こんな話を書いてるのかと言うと、
この3つって私が物語を書くときに、大抵どこかに挟まってくるネタになっているのです。
「稀人オーク」のザグルは一般的には悪役のオークで、主人公の雪江よりかなり年下。しかも一度は救おうとした者を救えずに死んでいます。
ガッツリ詰まってますね。
ザグルから見た雪江も似たようなものだったりして、その2人が互いを尊重し合う話という、盛り込みまくりの話です。
他者をきちんと知ることと、命の重さと壊れやすさ、たぶん私の中では永遠のテーマなのでしょうね。
もうじき終わる「稀人オーク」ですが、ラストシーンに向けてあと一息です。
頑張って書き上げます!
いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。
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