第24話 オマエガウタエ

 九月一日。本日より我らが馬込青春高校では二学期が開始される。

 三年生の二学期ともなると受験や就職の関係で学校を休む人も多くなってくるが、この日はさすがにほとんどの生徒が登校していた。

 だが僕の隣の席に彼女の姿はない。

「ちょっと部室行ってくる」

「ええ!? もう始業式始まるよ」

 直観に従い理科室のほうに走る。

 合い鍵を使い入口を開け掃除ロッカーのエレベーターを降りると、思った通り彼女はそこにいた。

「よお……なんか……来る……ような……気が……してたよ……」

 いつものようにアルコールランプだけが灯りの部屋の中央にあぐらをかいて座っている。

 手には愛用のマイクを持って落ち着きなくもてあそんでいる。

「用でも……あんのか……? 私に……会いたかっただけ……?」

「ど、どうしたのその声!」

 ヘルの声はあたかもザラザラした紙やすりのごとしであった。

「どこぞのプロレスラーみたいでかっこいいだろう」

「なんでそうなっちゃったの」

 髪の毛もいつも以上にボサボサだし、顔面のメイクにも荒が目立つ。

「ちょっと練習しすぎた」

 練習。彼女が練習を行うことといったらそれはひとつしかない。

「文化祭のことは聞いてるの?」

 声を出す代わりにガクンと壊れた人形のように首を前に倒した。

「そっか。やるんだねZAZENと」

 また無表情のまま首をガクンと倒す。

 ……めちゃくちゃ怖い。昔うっかり見てしまった人形の女の子が出てくるホラー映画を思い出す。

「が、頑張ってね。応援してるからさ」

 そういって理科室を去ろうとうすると――

「マテよ」

 僕の制服の袖をつかんだ。本来ならばカワイイ行為であるが制服がちぎれそうなほどの力が込められていて恐ろしい。

「まあちょっと座れよ」

 ほとんど叩きつけられるように床に座らされてしまった。

 いつになく真剣な眼差しで僕を睨むと、なぜか彼女らしからぬ小さく弱々しい声で一篇の詩、いや言牙を吟じ始めた。

「その言牙は……」

「『殺殺殺イイイ殺殺自殺殺殺コロ殺殺殺殺殺殺死殺殺ガイガイ』この言牙だけは私にはどうしても叫ぶことができなかった」

 ……あの遊園地でもそうだった。

「なんどもトライしたがどうしても駄目だ。言牙のイミがじゅうぶん理解できてないんだろうな」

 それはそうかもしれない。だって書いた自分でもよくわかっていない、自分の中でも整理できていない感情を書いた言牙だからだ。

「おまえに聞くのは簡単だ。だがそれは理解ではねえ。だから……」

 そういって手にもっていたマイクを僕にさしだした。

「文化祭のライブではおまえが叫べ。あの言牙に本物のシャウトが乗ればZAZENに勝てる――いやそんなちっちゃいことは言わねえ。世界を破壊することができるかもしれねえ。きっとそれができるのはおまえだけだ」

「……相変わらず過大評価をしてくれるね」

 僕はマイクを受け取らずに質問を返した。

「それって愁子さんとの勝負から逃げることになるんじゃないの?」

 ヘルはそれを聞いて鼻で笑う。

「くだらねえ。そんなことどうだっていい。私の目標は世界を破壊することだけ。そのためには私のプライドみたいなもんドブダメにでも捨ててやる。なんだったらライブ中テメエのキンタマをずーっと舐めてたっていいんだぜ」

「……ごめん。つまらないことを聞いた」

「さあどうするんだ」

 ふたたびマイクを差し出してくる。

 僕はすこしだけ悩んだあと首を横に振った。

「イオちゃんにバレるからだめだよ。顔を隠しても声でバレる。この状況じゃガソミソに参加するなんてイオちゃんと闘うのに等しいし」

「それだけ?」

「それだけではないよ。J・F・G・Gでのコトバは僕の目指す理想とは真逆。僕が目指すのは明るく楽しい小説だからこれ以上やれば軸がなくなると思う」

「ふうん? じゃあなんで今まではヤッたんだ?」

「……え」

「おまえは最初っから別に言牙を書く必要なんてなかったよ。私に逆らえなかったか? こんなチビでガリガリの格闘技やってるわけでもなんでもない女とケンカして勝てないのか?」

 そうだ――心のどこかにずっと引っかかっていたこと。

「合宿だって逃げ出すチャンスはいくらでもあったぞ。お前はなにかを求めていたんじゃないのか?」

 なぜ僕はあんなにも真摯に身を削ってまで『言牙』を紡いだのか。

「まあいいさ。今日は帰りな」

 彼女に促されるままにエレベーターで理科室・地上に戻った。

 僕は始業式に出ることなくそこに立ちつくしていた。

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