第8話 生徒会長
翌朝。
「おーいセイくーん」
イオちゃんに肩を揺すられて目を覚ました。
「珍しいね。オネボウさん」
「ちょっと夜更かししちゃって」
「勉強? 小説?」
「えーと……両方かな」
「えらいけどほどほどにね」
そういって僕の頭をガシガシとなでる。このたまーにビミョーにお姉さんぶる感じは昔から変わっていない。誕生日の関係で生まれたのが十ケ月ほど早い影響であろう。
「朝ごはんできてるよー」
「ええええええ……」
「そんな不安そうな顔しないでよー。昨日はちょっと背伸びしすぎた。今日はなるべくカンタンなものにしたからさ」
ごはんとインスタント味噌汁、あるいはジャムトーストと牛乳のようなメニューであろうか? それなら少し安心できる。
「洋食? 和食?」
「そうねー。ミックススタイルかな? 和洋折衷マサチューセッチュってやつ」
「は、はぁ……」
着替えを終えてダイニングに出てみると、食卓の中央には大きなホットプレートがドンと設置されていた。その脇には透明なボールが置かれ、中には黄色いドロっとした液体がなみなみと注いである。
「こ、これは?」
「名付けてお好み焼き式リアルタイム調理パンケーキモーニング!」
「なるほどこの黄色いのを各自焼きながら食べるわけか……!」
調理方法が日本の関西風、食材自体は洋風とはちょっと想像がつかなかった。
「ホイップクリームとメイプルシロップ、フルーツも用意してます! お好きにトッピングしてください! ささ。はじめよはじめよ」
黄色い液体を鉄板の上に注ぐとジュウウウウという素晴らしく食欲をそそる音を奏でた。
「どう?」
「やばい。楽しいし。おいしい」
「やったー!」
「こういうところなんだよなあ」
「よっしゃ学校行こう! 片付けは帰ってからやりまさあ」
「う、うん」
朝から糖分油分たっぷりなものを大食いしたため、若干ながらストマックの調子が悪いが、もう家を出ないと遅刻してしまう時間だ。
「あっ、セイくん机にスマホ置きっぱなしだよ」
「おっと――」
机の隅に置かれたスマホを拾う。
ホーム画面にはなにも通知は表示されていない。昨日の夜からずっとだ。
(『既読』はついたんだけどな……)
少しもやもやした気持ちを肩に乗せながら家を出た。
角度45度に近い坂道を登ると校門が見えてきた。いつもの校門だが今朝はなんだかスイートで品のいい雰囲気がただよっている。なぜかというと――
「おはようございます」
今週はあいさつ週間ということで(小学校かえ?)生徒会長が校門に立って丁寧にお辞儀をしているからだ。
「あー! 会長だ!」
直接会話をしたことはほとんどないが、名前を『西園寺礼子』さんということ、ものすごい大金持ちのご令嬢であるということ、それから学校全体でも一二を争うほどの美人でスタイル抜群であるということは知っている。
「かわいいい! きれいいいいい!」
だもんだからイオちゃんは彼女に外国式の挨拶(ディープハグ)をぶちかましたのち、髪の毛の匂いをスーハースーハーと嗅ぐ。
「あっ! 会長カラー入れたの!?」
たしかに会長のふわふわしたライトブラウンのロングヘアーの先端にはうっすらとピンクのがはいっていた。
「そうなんだー。ちょっと派手かな? 生徒会長がこれはまずい?」
「まったく問題ナイトメア! めちゃくちゃオシャかわいいしぜんっぜん下品じゃない。ねえ写真とろうよぉ」
イオちゃんは胸ポケットから如意棒のように伸びる自撮り棒を取り出すと、会長の横で百万ドルのスマイルとピースサインを決めた。
――そこへ。
「よお。また女ナンパしてんのか?」
英二がポケットに手をつっこみながら歩いてきた。
「あっ! 英ちゃんじゃん。今日も鬼チャラいね」
「ちゃんイオも毎日デコ広いな」
「つーか髪またそめた?」
「おお。金のメッシュいれた」
「くそちゃれー。ヒカルの碁かよ。でもかっこいいじゃん」
イオちゃんは大きく背伸びをして英二の髪の毛をポンポンと触る。すると。
「――! バカ! やめろよ!」
英二は顔を少し紅潮させて、やたらと大きな反応を見せた。
「なによーケチ」
「うるせーよ。男子高校生の髪の毛はやたら触るもんじゃねえんだぜ。なあ文星」
そういって長い首をぐりんと僕のほうに向けた。
「おはよう英二。とりあえず教室向かわない?」
油を売りすぎてホームルームに遅れそうだったので少し早足で廊下を歩く。
「なあ文星」
「なに?」
「今日たまには昼飯いっしょに喰おうぜ」
ちなみに英二とは三年間ずっと別のクラスである。
「いいよ」
「えーいいなー。相変らず仲いいねえ。私もご一緒してもいい? ジャマかなーラブラブカップルゆえ」
「うーん。今日はちょっと男同士の話があるから」
英二はたぶん例のことを気にしてくれているのだろう。僕もちょっと相談したいと思っていたところなのでありがたい。
「じゃー昼休み中庭で」
そういって僕たちと別れ、自分の教室に向かった。
彼のいいヤツをぶりを目の当たりにするにつけ胸に罪悪感が産まれずきずきと痛む。
「はー。英ちゃんってホントキミのこと好きだよね」
「そうかもね」
「付き合っちゃえばいいのに」
「あんまりタイプではないかな」
ちょっとブルーになりながら教室に入ると、
(ふつーにいる……)
稲村さんがいつもと変わらぬ様子で僕のとなりの席に座っている。
無視するのも憚られたので目であいさつをすると軽く会釈を返してくれた。
一体なにを考えているのやら。
溜息をつきながら椅子に座ると机の中には――
(……またか)
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