クラスで1番可愛くて天才の彼女が手段を選ばずグイグイ俺を攻略してくるんだけど、せめて手段は選べと言いたい
逢坂こひる
第1話 頭のネジがぶっ飛んだ女
高校2年の夏休みの終わりに、ちょっと危ない連中に連れ去られそうになっている、若い女とすれ違った。
「やめて! 離して!」
「うっせえ、大人しくしろ!」
普段から先生に、面倒事には首を突っ込まないようにと、口やかましく言われている。だから、俺はそのままスルーしようとした……、
が、「助けて!」
流石に女に助けを求められて、助けない選択肢は、俺にはなかった。
とはいえ、日本は法治国家だ。まずは平和理に言葉での解決を試みた。
「なあ、お前ら」
「あ? んだテメー?」
一旦顎を引いてから眉を八の字にし、上目遣いで睨みつける。いかにも三下マニュアルに載ってるっぽい動きとセリフ。交渉相手に失礼とは思ったが、俺は失笑してしまった。
「て、テメー、何がおかしいんだ!」
その様子を見た仲間が、これまた三下マニュアルに載ってるっぽい返しをするのもんだから、今度は腹を抱えて、盛大に笑ってしまった。
だが、助けを求めた女はキョトンとしていた。これを笑わないとか、こいつの笑いのセンスどうなってるんだと思ったが、まずは事態の収拾を図るため、交渉を続ける事にした。
「お前ら、ギャグのセンスあるよ、その女を置いてこのまま消えてくれたら、特別に見逃してやるけど、どうする?」
連中はしばらく黙り込んでいた。
ギャグのセンスはあっても頭の回転は遅いのかもしれない。
それとも、ビビって声も出ないのか?
なんて思っていたら、
「は? 何言っちゃってんのこいつ?」
“こいつ”などと、俺に無礼な言葉を浴びせ、連中は腹を抱えて笑った。
俺は人を笑うのは好きだが、笑われるのは好きじゃない。
だから、つい……、
「何笑ってんだこのピ————野郎が!」
目に付いたヤツを片っ端から、殴り飛ばしてやった。
そして気がつくと、連中はアスファルトをベッドに大人しくなっていた。
しまった……やってしまった。
この国では、如何なる場面でも暴力は許されないと聞いている。
「こい!」
俺は助けを求めた女の手を引っ張り、現場から逃走した。
そして、しばらく走ると、
「待って……もう、限界」
手を引っ張って逃げた女の体力が限界に達していた。むしろ逃げるのに必死で、この女の存在を忘れていた。
「ああ、悪い」
「ううん……はぁ、はぁ……そ、はぁ、それより、はぁ、ありがとう」
かなり呼吸が乱れていて何を言っているのか分からない。
「気にするな、それより呼吸を整えてから話せ」
「う……うん」
女の呼吸が整うまで、しばらく待ってやった。
「ありがとう、
……な、何ぃ!
一瞬にして背筋が凍り付いた。
俺のパーソナルデータに関する情報統制は完璧なはずだ。なのにこいつは何故、俺の事を知っている?
もしかして敵国のスパイか?
俺は女を睨みつけ、問いただした。
「なぜ俺の名前を知っている?」
女は首を傾げ俺を見つめる。
「……何故も何も……クラスメイトだからだけど?」
「そうか……お前は確か」
全然思い出せなかった。
むしろクラスの女子の名前なんて……ほとんど覚えていない。
「……もしかして、私のこと知らないとか言わないわよね?」
えっと……確かこの国では女の名前を覚えていないのは失礼に当たるのだったな。
でも大丈夫だ。
話術の訓練は受けている。
落ち着いて対処すれば問題ない。
「悪い、お前のことは知ってるはずなんだが、その……私服姿のお前が可愛い過ぎて、俺の記憶から見つけられないんだ……教えてくれると嬉しい」
完璧だ。
褒めつつも、欲しい情報を引き出す、完璧な話術だ。
「私に名前を尋ねるなんて、本来なら重罪だけど、特別に教えてあげる。助けてくれたお礼よ」
何だこいつ、思った反応と違う。
そして微妙にムカつく。
な……殴ってもいいかな?
記憶ごとぶっ飛ばして、このまま帰ってもいいかな?
「
長い黒髪に整った顔立ち。
今風のとろんとした目に二重瞼。
なるほど言うだけのことはあって、こいつは可愛い。
だが、自分の可愛さをひけらかすやつは好きじゃない。
「そっか、莉緒……気をつけて帰るんだぞ」
普段から先生に、面倒事には首を突っ込まないようにと、口やかましく言われている。だから、ここはスルーだ。
こいつは面倒くさい。早々に立ち去るにかぎる。
「待って」
「なんだ?」
「お礼がしたいから付き合いなさい」
俺は日本語が得意ではない。だが、こいつの日本語がおかしいことは、そんな俺でもよく分かる。
お礼がしたいくせに、命令する。
ちょっと頭がおかしいやつかもしれない。
関わりあいたくないな。
「お礼ならさっきもらった。名前を教えてくれただろ、莉緒」
俺はそのまま立ち去ろうとした。
が、「待って」
今度は腕を掴んできた。
首トンでもして警察署の前にでも置いて帰るのが吉か?
そんなことを考えていると、
「怖いの……送っていってほしいの」
だとさ。
だったら最初から素直にそう言え。
「どっちだ?」
「楠井君の家でいいわ」
なんだ……御近所さんなのか?
「俺ん家の近所なのか?」
「いいえ、楠井君の家でいいの」
俺は頭がおかしくなったのか? こいつの言っていることがさっぱり理解できない。
でも、考えるのが面倒になったもんだから、俺は自宅に向かった。
そして、うちのマンションに着くと、
「ここだ、それでどうするんだ?」
莉緒はしばらく考え込み……、
「ここでいいわ、ありがとう」
そして何事もなかったのように、今来た道を引き返していった。
ていうか、怖かったんじゃないのかよ。
これが莉緒との出会いだった。
「じゃあな……莉緒」
「またね楠井くん」
そして俺は、自分のとったこの軽率な行動を後悔する事になる。
九条莉緒……やつは頭のネジがぶっ飛んでいた。
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