13. アンリエッタに誓いを! 広がれ、勘違いの輪


 ルーティと入れ替わるようにやって来たのは、エドワードであった。


「ご、ごめんなさい! いきなり寝坊してしまって、何とお詫びをしたら良いか……」


(ヒエッ、勇者が何の用よ!)


 ミントが怯えたように、アンリエッタの後ろに隠れる。アンリエッタとしても、いきなり企みを暴いてきた勇者は、恐怖の象徴でしかない。

 警戒心マックスのふたりを見て、エドワードは悲しそうに眉をひそめた。



「済まない。昨日までの俺は勇者失格だった」


 エドワードは深く反省していた。


「アンリエッタさんには、八つ当たりをした。ミントにも、勇者としてあるまじき態度を取った。不甲斐ない気持ちで一杯だ」


 あれだけ見下していたミントにも、深々と頭を上げる。

 このような謝罪で許されるとは思っていないが、ケジメとしての行動だった。



「エドワード様、どうか頭を上げてください」


 ミントの声は柔らかかった。



「文句も言わずに受け入れてしまった――私だって同罪です」

「そんなことは……」


 ミントは首を降って、エドワードの言葉を止める。

 これもアンリエッタに諭されて気がついたことだ。

 不満があるのなら、それを口にしなければ何も変えられないのだから。



(もし何かあれば、ぶっとばしてあげる――そこまで言って下さったアンリエッタ様のためにも)


 ミントは一歩を踏み出す。

 長年の経験で染み付いてしまった諦めを振り払うのだ。



「誰が何と行っても、私は勇者パーティの一員です。役に立てるよう全力で努力します。気に入らないところがあれば、変われるよう努力します」


 言葉は丁寧に。

 しかし目には強い意志が煌めき、挑みかかるような顔をしていた。


「ですから、エドワード様たちも勇者パーティに――アンリエッタ様に相応しくいて下さいね?」


 アンリエッタ様は、優しい目でミントのことを見ていた。

 言いなりになるのではなく、本当の意味でパーティの一員となること。


(これで少しは、あなたの隣に近づけますか?)


 アンリエッタの背中は遥か彼方。

 いつの日か、その隣に並び立てるように。



「ああ、約束しよう。勇者パーティは、その名に恥じない行動をすると。未来の聖女と、行動を正してくれた天使・アンリエッタの名に賭けて誓おう」

「私だって、アンリエッタ様のパーティメンバーに恥じない聖女となることを――その名に誓います」


(アンリエッタ様のことを一番大切に思ってるのは私です!)


 妙な反発心。

 ミントも思わずエドワードを真似て、誓いの言葉を紡ぐ。

 ふたりの誓いを捧げられたアンリエッタは、


(ええ……なにこれ?)


 思わず目を白黒させて困惑していた。

 



◆◇◆◇◆


「アンリエッタは、先に行っていてくれ。俺は少しだけミントに用があるんだ」


 エドワードがそんなことを言った。

 彼は本当にミントを認めているのか。

 ふたりきりになった瞬間、調子に乗るなと締め上げるつもりでは?


「な、何をするつもりですか?」

「勇者の名に誓って、卑怯な真似はしないと誓おう。勇者パーティの今後のため。大切な話し合いだ」


 ミントを庇おうとするが、エドワードの表情は真摯なものだった。


「お姉さま、私なら大丈夫です」


 更にはミントはそう言って、アンリエッタを安心させるように微笑みかける。

 ここまで言われては、アンリエッタも認めるしかなかった。


「エドワードさん、ミントを泣かせたら許しませんからね?」

「アンリエッタさんこそ、早まってミントを悲しませるような行動を取るんじゃないぞ?」 


(……はあ?)


「当たり前ですわ」


 アンリエッタは笑顔のミントが好きなのだ。

 おまけに破滅回避にもかかっている。

 ダメダメ勇者に言われるまでもない。




「実は……」


 アンリエッタが出ていったのを確認して、エドワードが話し出す。


「そ、そんなことをお姉さまが――?」

「ああ、すべて俺が不甲斐ないせいだ」


 そうして語られたのは、ミントにとって衝撃的な事実であった。


 曰く、この勇者は随分とアンリエッタに情けない姿を見せたらしい。心優しいアンリエッタは、勇者たちが頼りにならないのを悟ると、自分だけてどうにかするしかないと――ひとりで死地に向かうことを、選びかけたとのこと。


「聖女を超えた――まさしく天使のようなお方だ。彼女は、こんなところで死んで良い人ではない」

「当たり前です。お姉さまは魔王を倒して英雄になるお方です――!」


 ふたりの中で、アンリエッタの株がどこまても膨れ上がる。

 その根拠のない信頼感はどこから来るのか。



「ミント、昨日言った通りだ。貴様の役割はアンリエッタが無茶をしないように、勝手に旅立たないよう見張ることだ」

「かしこまりました。でも、お姉さまが自然と勇者パーティを頼るように努力するのは、エドワード様ですからね!」


「……言うではないか」

「これもお姉さまのためです。勇者が足を引っ張るなんて、許されませんからね?」



 ミントとエドワードは、バチバチと火花を散らし合う。

 アンリエッタを想う心で繋がった彼らは、きちんと対等であった。



「貴様こそ、早く聖女の力を使いこなせるよう努力するのだな。巡礼が終わったときにそのままでは、連れて行くことなど出来んぞ?」

「当然です。お姉さまを守るため、私は絶対に聖女の力を使いこなします」


 ここまで自信を持って言い切ったのはいつぶりだろう。



「それにしても、お姉さまにはきちんとお願いしないといけませんね。早まった真似はやめて下さいと」

「そうだな。俺が言うより、貴様から言った方がアンリエッタさんも素直に聞くだろうしな」


 そう言うエドワードは少し羨ましそうで、ミントは少しだけ誇らしくなった。


「自分のことは後回しで、目的を優先してしまう。自らに降りかかる危険には、とんと無頓着。尊敬しますが――お姉さまには、もっと自分を大切にしてほしいです」

「それがアンリエッタさんの良いところだからな。ミント、分かってるな? 貴様の役割は重要だぞ?」


 尊敬する人が、いつの間にか居なくなってしまうかもしれない。自分たちを生かすための、捨て駒となるために。


(そんなのあって良いはずがない!)


 ミントは決意した。

 同時にちゃんと向き合って、説得しようと思った。

 なにせお姉さまは大切な仲間――戦友なのだから。

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