14. 迫りくる破滅フラグ、好感度が足りない!

 異世界の食事が目の前にあった。

 焚き火を囲むのは、魔女っ子と騎士の大男。ルーティが上機嫌に鍋をかき混ぜながら、


「エドワードの馬鹿が、このまま盲目で居てくれたら、毎朝のご飯が豪勢になって良いわね」


 なんて何気なくひどいことを言っていた。

 エドワードが狩ったらしいピッキーラビット。

 なんでも人間を見つけると、すぐに逃げ出す臆病なモンスターらしく、美食家の間では高値で取引される高給食材らしい。



「それでエドワードとミントの奴は、何をしているんだ?」

「……ふたりっきりで、内緒のお話らしいですわ」


「そうか……」


 ムスッとむくれるアンリエッタとは対象的に、騎士のルドガーはどこまでも無表情だった。


「二度寝してきて良いか? エドワードに叩き起こされてな、まだ眠たいんだ」

「え、あいつボクの誘いは断っておいて、ルドガーは連れて行ったの? クズじゃん」


「なんでも盾役は欲しかったらしい」

「アタッカーは自分だけで、手柄は独占してアンリエッタに披露しようと? ……クズじゃん」


 女の子に力を借りるのは恥ずかしい――エドワードの本心は、そんなちょっぴり古風な価値観だったのだが、生憎それに気がつくものは居なかった。



 そんなやり取りをアンリエッタは興味深く聞いて


(こういうの良いわね。旅してるって感じがする!)


 ――いなかった!

 目の前でグツグツ煮え立つ鍋に意識が行っていた。

 お腹が空いては、破滅は回避できないのだ。



 そんなやり取りをしていると、ミントが戻ってくる。

 何故かプンスカと怒った様子で。


「お姉さま! 少しだけ時間をよろしいですか?」

「ミント、もうすぐ朝食になりますが……」


「よ・ろ・し・い・で・す・か?」


 そこはかとない威圧感を感じて、思わず頷くアンリエッタ。


「なあ、飯は?」

「もう少しお預けね」


 背後からはそんな悲しいやり取りが聞こえてきていた。




◆◇◆◇◆


「お姉さま! あなたの心優しさは知っていますが、少しはその御身を大事になさってください!」


 開口一番、ミントは少し怒ったようにそう言った。


(怒ってるミントちゃん可愛い!)


 まったく迫力がない。

 ぷくーっと頬をふくらませてる。

 そのほっぺをぷに〜っと引っ張りたい。


 …………じゃなくて。


「私は自分自身のことを、何よりも大切にしていますわ」

「誤魔化さないで下さい! 私は、お姉様の優しさに救われたんです。仲間だと。戦友だと言っていただいて、どれだけ心を救われたことか・・・」


(え、私の優しさ? 仲間だとか、助け合うだとか、随分と都合の良いことを押し付けたけど……)


 アンリエッタは首を傾げた。

 それは打算まみれの発言で、ここまで無邪気に喜ぶミントを見ていると申し訳なさでいっぱいになる。



(でもミントちゃんが喜んでるなら、破滅回避にちゃんと近づいて――)


「だからこそ言います! 先立たれる者の気持ちを、少しは考えてください!」

「ミント、いったい何を……?」


「エドワード様に聞きました。お姉さまがたった一人で旅立とうとしてると。私、そんなこと絶対に許しませんからね!」



 ミントは涙ながらに、そう訴えかけた。


(ノー! スローライフ大作戦がミントちゃんにばらされてる!)


 チクりやがった。

 おのれ、勇者め!


 死地に向かう勇者パーティだ。

 言うなれば背中を預け合う戦友同士。

 それなのに辺境に逃げようと企む裏切り者が身内にいたなどと――ミントが失望して涙を流すのも当然だった。


 迫りくる破滅の足音。

 アンリエッタは深く絶望しそうになって――諦めるのはまだ早いわ!


 奮起した。

 切り替えの速さは、彼女の数少ない長所なのだ。



「ミントさん、私は勇者パーティにずっと居ます。エドワードさんにも諭されましたから。早まったことはしませんわ」


(ミントちゃんは、エドワードより私を信じてくれるはず!)

(ほら、相手はあの性悪な勇者ですよ~?)



「……いいえ。少しですが、お姉さまのことは分かっています。エドワード様がおっしゃったような行動を、選んでしまうような方だと言うことも――」


 ガーン、終わった。

 まったく信用されていなかった。

 破滅待ったなし。


(昨日で少しは仲良くなったと思ったのに……)

(それなのに――なにこの急展開?)



 まるて好感度で足切りを喰らうノベルゲームのようだ。

 アンリエッタは呆然としていた。


「お姉さまを犠牲にして助かっても、全然嬉しくありません! ……私では頼りないかもしれませんが、ひとりで何でも抱え込もうとしないで下さい。少しは私たちを――仲間を頼って下さい!」


 ミントの心の優しさが、心に染み渡る。


(一人で逃げ出そうとした私を、こんな風に励ましてくれるなんて……!)


 アンリエッタは感動していた。


 ――天使か?

 小説で、天使のような微笑みと称される彼女の笑み。

 たしかにその片鱗を感じた。



「ありがとうございます、ミント。もう早まった行動はしません。……あなたと一緒のパーティメンバで良かったです」

「――お姉さま!」


 感極まったように、ミントが瞳を潤ませる。


 辺境スローライフ大作戦はお蔵入りだ。

 ミントに話を持っていくことも不可能だ――これ以上、彼女の期待を裏切ることはできない。



「良かったです! ほんとうに……お姉さまが居なくなってしまったら、どうしようかと――」

「大丈夫ですよ、大丈夫。ミントを置いていくなんてことは、あり得ませんから」


 ミントはアンリエッタの胸元にすがりつくように抱きつきついた。

 アンリエッタは思わずその頭を撫でていた。

 ふわりと漂ってくる良い香り。


(ミントの笑顔は、何としてでも守りたいな)


 ミントは良い子だ。誰よりも幸せになる権利がある。

 破滅の回避とか関係なく、アンリエッタは自然とそう思うのだった。

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