旅人達の束の間の出来事

トト

第1話 アンガルの長い冬

~ 再生集落 アンガル ~


「はい、どうぞ」

「熱いから気をつけて持ってね」

「慌てないでも、まだいっぱいあるでござるよ」


 サイラスが寸胴鍋からよそった熱々のスープを、フィーネとアルテナが順番に広場に集まっているアンガルの人々に手渡していく。


「ありがとう!お姉ちゃん」

「本当に助かりました」


 少しこけた頬に、スープを口にするたびうっすらと血色が戻っていく。


「アルテナ、3杯くれ」

「フィーネ、こっちは4杯頼む」


 広場まで出てこれない人のためにアルドとギルドナは先ほどから一軒一軒家を回ってスープを運んでいる。


「ギルドナ様は、少し休まれてください。後は私が運びますから」


 一通り調理を終えたヴィレスが、曇った眼鏡を拭いギルドラのもとに走る。


「アルドもここで火の番をしてて。後は私が持っていくわ」


 エイミもあとは煮込むだけとなった鍋の火を弱めながらアルドに声をかける。


「8割方、配り終わりまシタ」


 空になったスープ皿を山ように積み上げたリィカが広場に戻ってくる。


 ここは未来の魔獣族たちが暮らしているアンガルの集落である。その生活環境はとても良いものとはいえないがそれでも彼らは彼らなりに逞しく生きていた。

 アルドたちも、そんな彼らを心配しつつ、でもあえていままで手を貸すことはせず、彼らの行く末を見守ってきていたのだが、今年の冬はあまりにも寒く、そして長かった。そのせいでただでさえ調達の難しい食材はさらに減り、栄養失調や病気になるものが増えていった。

 動けなくなるものもでてきて、生活はさらに深刻なものになっていく。そのあまりの実状にさすがのアルドたちも今回は少しだけ手をかすことにしたのだ。

 そして今、ヴィレスやアルテナたちの手もかりて、集落に食事の配給をしているというわけだ。


「おいあんた、大丈夫か?」


 一息つこうと鍋の前に座ったアルドの耳に、そんな声が飛び込んできた。


「ゴホゴホ、誰か……私の、息子を見ませんでしたか?ゴホゴホ」


 今にも倒れそうな母親が、せき込みながらヨロヨロと広場で食事をしている人たちに声をかけて回っている。


「ゴホゴホ、誰か……」

「そういえばあんたの息子、昨日の夕方ぐらい1人で澱みの地に入っていくのを見たぞ」


 年配の男がそう言った。


「昨日、一人で……」


 この母親はこの数日間具合が悪くてずっと寝込んでいたらしい。いつもなら朝には一度は様子を見に顔をだす息子が、今日は昼になっても姿を見せないので心配で出てきたようだ。


「そんな……」


 その体で息子を探しに行こうとでもいうのだろうか、おぼつかない足取りで澱みの地の方に歩みを向ける。


「待ってください!」

「息子さんは私たちが探しに行きます!」


 アルドとエイミの言葉が重なる。


「でも……ゴホゴホ」

「そんな体で探しにいったら、途中であんたが倒れてしまうぞ」

「……」

「どうかここは私たちに任せて、お母さんは行き違いで息子さんが帰ってきた時のために家で待っていてください」


 アルドとエイミの説得に、思うこともあったのだろう。


「……すみません。息子を、どうかよろしくお願いします。ゴホゴホ」


 深々と頭を下げる。が、そのまま力が抜けてしまったのか、顔をあげることもできずその場にしゃがみこんでしまう。


「ヴィレスとリィカは、そのお母さんを家まで運んで看病してくれ」

「お任せくだサイ。アルドさん」

「アルテナとフィーネは引き続き食事の配給を頼んだ」

「わかったわ、お兄ちゃん」


 アルドの指示に、みなそれぞれの役割を全うするために動きだす。


「エイミとサイラスとギルドナはオレと一緒に息子さんを探しに行くぞ!」

「相分かった、いざ参らん」


 そうして残りのメンバーでその母親の息子が向かったと思われる澱みの地に向かったのだった。



~ 澱みの地 ~


「いったいどこまで入って行ったでござるかな?」


 結構奥まで歩いてきたが、未だにそれらしき人影は見つからない。

 子供の足でそんなに奥まで一人で行くとは思えない、アルドたちに不安の色が浮かぶ。

 もし道を外れてしまっていたら。魔物に襲われていたら。


「もうこの先は汚染坑よ、まさかそこまで……」


 そう言いかけた時、ガタリ。何かが倒れる音がした。


「なんだ?」


 音のでどこを確かめようと瓦礫を覗き込んだその時。


「あっ!」


 目の前に突き出された槍というにはあまりにみすぼらしい、棒にちょっと鋭い石を括り付けただけのそれを、ついいつもの癖でアルドは剣で薙ぎ払う。


「あぁぁぁ、ごめんなさい。殺さないで」


 反射的に向けてしまった剣の先には、血の気が引いた魔獣族の男の子がブルブルと震えていた。


「アルド、剣引っ込めて!」

「あっ、ごめん。大丈夫だから」


 慌ててアルドが剣を鞘に納めながらオロオロと謝る。


「大丈夫、どこか切られてない?」

「全くアルドはあわてん坊でござるな」

「だって、いきなり槍みたいなものが……」


 言いかけたが口をつぐむ。何を言ったところで言い訳にしかならない。それに図らずも男の子を怖がらせてしまったことは事実なのだから。


「貴様か、昨日から村に帰ってないという坊主は」


 同族であるギルドナを見て、ようやく安心できたのか男の子がコクリと小さく頷く。


「私たちはあなたのお母さんに頼まれて、あなたをを探しに来たの」


 エイミが優しく声をかける。


「僕、母ちゃんに、栄養のあるもの、食べさせたくて」


 まだ先ほの恐怖で震えが止まらないのか、それともこの寒さのせいか、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。

 男の子の傍にはそれでも必死に集めたのだろう、小さな木の実が入った籠が置かれていた。


「でも、全然、見つからなくて……。そしたら、魔物に見つかって、逃げて……」


 そう言って男の子は腫れあがった右足を見せた。


「よくがんばったな」


 瓦礫に隠れ息を殺して一晩、どんなに怖かっただろう。でも泣いたら魔物を引き寄せてしまう。


 「僕……」


 限界だった。せき止めていたものが一気に崩壊するように、嗚咽は次第に泣き声に変わる。


「大丈夫。大丈夫だから。私たちと一緒に帰りましょう」


 エイミが優しく男の子を抱き寄せる。


「そう、カエルと一緒に帰るでござるよ」

「あぁ早く帰ろう」


 ギルドナが無言で男の子の目の前に背中を向けてしゃがむ。それを見たアルドは男の子の籠を持つ。

 泣いて気持ちも落ち着いたのか、まだしゃくりあげてはいるものの、男の子も大きく首を何度も縦に振ると、ギルドナの背中とエイミを交互に見た。

 エイミが促すように頷く。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 ギルドナの背に揺られ、すっかり安心したのか男の子はコクリコクリとその背でうたた寝をしたのだった。


~ 再生集落 アンガル ~


「母ちゃん!!」

「全く心配したよ!ゴホゴホ、大丈夫かい、どこか怪我をしてないかい?」

「足痛いよー、木の実しか採れなかったよー、母ちゃん早く元気になってよー!」


 色々な感情がごちゃ混ぜになって、ワ~と再び泣きながら叫ぶ。


「母ちゃんは大丈夫だから、ゴホゴホ、それより足、まさかそれ折れてんじゃないのかい」


 ギルドナから椅子におろされた息子の腫れあがった足を見て、母親は再び卒倒しそうなほど青ざめる。


「大丈夫デス。骨に異常はありまセン」


 リィカはチカチカと目を点滅させながらそう報告すると、男の子の足の治療を始める。捻挫ということだったが、念のため軽く添え木をつけて包帯でぐるぐる巻きにする。


「ほら二人ともこれでも食べて、少しは落ち着いて」


 そこにアルテナが温かいスープを持って入ってきた。


「お母さん、とてもじゃないけど、心配でスープも喉を通らないって、ずっと食べずに君の帰りを待っていたのよ」


 スープの香りに、男の子とその母親のお腹が思い出したかのように大きな音をたてる。


「ありがとう、お姉ちゃん、それに助けてくれたお姉ちゃんとお兄ちゃんたちも」


 スープを受け取りながら、ようやく男の子の顔に笑顔が浮かぶ。


「本当にありがとうございました」


 目元をぬぐいながら、母親もスープを受け取った。


「お礼はいいから、冷めないうちに早く食べちゃって下さい」


 そんな二人にアルテナはにこりと微笑みを返した。


「アルドさん、ちょっといいでスカ」

「どうしたリィカ?」


 暖かくなった家の中から、リィカが外にアルドを連れ出す。


「アルドさんたちが息子さんを探しに行っている間に、お母様の体を調べたのデス」


 リィカはアンドロイドなのでそれを深刻な顔つきと表現するのはおかしいだろう。だが、長い間一緒に旅をしてきたアルドには、そのただごとではない雰囲気が察せられた。


「詳しく話してくれ」


 だからアルドも神妙な面持ちでリィカにそう言った。


≪ユニガン風邪≫

 風邪とついているから、一見大したことはなさそうに思えるが、それはその昔、ユニガンの人口を三分の一減らしたといわれる。恐ろしい伝染病であった。


「薬とワクチンができたことで、今では根絶したといわれているものデス」


 しかし現に患者がいるということは根絶やしにはできていなかったようだ。


「上空都市の人達、エイミさんなどは赤ちゃんのうちからワクチンを打っているノデ、感染スル恐れはありまセンが、ここの魔獣族の方たちはワクチンを接種していないようデス」

「ならワクチンを打てばいいんだな」

「はい、ただしすでに病魔に侵された人たちハ──」

「薬もあるんだろ?」


 嫌な予感にまるで攻めるような口調になる。


「ワクチンは今では慣例的に接種していただけに過ぎず、薬の生産はだいぶ前に終了していマス」

「それって……」


 アルドが言葉を失う。


「でも、まだ希望がありマス。薬とワクチンを作っていた会社は、セバスちゃんの子会社なのでセバスちゃんを頼れば、まだ保管されている薬があるかもしれまセン」


 ──少しでも希望があるなら。


 アルドは力強く頷いた。


「セバスちゃんに会いに行こう」


 アルドの言葉にリィカが「ハイ」と返事を返した。


〜曙光都市 エルジオン・シータ区画〜


「何なのよ急に、アポもなくこんなに大勢で押しかけてきて」

「ごめん。セバスちゃん急いでいるんだ」


 ヴィレスとアルテナをアンガルに残し、残りの六人でセバスちゃんの部屋に押し掛けるなりアルドが切り出した。

 

「なぁ、セバスちゃん、≪ユニガン風邪≫の薬、持ってないか?」


 単刀直入にアルドが聞く。


「≪ユニガン風邪≫ですって!?そんなずいぶん昔に根絶したものの薬を、私が持っているわけないじゃない」

「だからどこかに余ったやつとかが保管されてないか、セバスちゃんなら調べられるだろ?」

「まぁ、この私に調べられないものなんてないのは確かだわ。ただ先に言っとくけど、たとえ見つかったとしても、製造がだいぶ前に終わっている薬なのだから、使用期限が切れてるわよ」


 それはそうか。とアルドが言葉をなくす。


「で、どうしていまさら、そんな古い薬が必要なのよ?」

「実は──」


 アルドはセバスちゃんに、アンガルで起きていることを話した。


「それは深刻ね。放っておけば瞬く間に広がっていくわよ」

「…………」

「まあでも私ぐらいの天才なら、材料さえ揃えてくれればすぐ作れるとは思うけど」


 肩を落としているアルドに向かって自信あり気にセバスちゃんが言い放つ。


「今から古い資料調べるから、それで材料を集めてもらって……」


 ──やるきを出しているところ申し訳ないのだが。

 という空気など一切なく。


「直接ユニガンに、薬を取りにいくのではだめなのでござるか?」


 黙って話を聞いていたサイラスが口をはさんだ。


「それだ!サイラス!」

「失念していまシタ。そのほうが確実デス」


「えっ……?」


「リィカ、薬を開発した先生はわかるか?」

「はい、ユニガンで医者をやっていた『ナオ・セーナ』先生デス」

「ナオセナイ先生じゃなくて」

「『ナオ・セーナ』デス」


「ちょっと待ちなさいよ、あなた達!」


 自分を置き去りにどんどん進んでいく話に、思わずセバスちゃんが大きな声をだす。


「どうしたんだセバスちゃん?」

「どうしましたデスカ?」


 きょとんとした顔でセバスちゃんを見る。


「いや、なんか──」


 しかし止めてはみたものの、確かに自分が今から調べて作るより確実な方法だとセバスちゃんもわかっている。そう頭ではわかっているのだが、なんだか気に食わない。

 口ごもるセバスちゃんを見ていたアルドだったが、突然それが閃いたというように口を開いた。


「そうだセバスちゃん!オレたちが、薬を取りに行っている間、まだかかってない集落の人たちにワクチンを投与しておいてくれないか!」

「なんで私が!」


 しかしもうアルドたちは聞いていない。


「頼んだよ!」

「頼んだでござる」

「よろしくねセバスちゃん」

「頼む!」

「よろしくお願いします」

「ではいってきマス。ノデ」

 

 次々と捨て台詞をはきながらセバスちゃんの部屋を後にする。


「なんなのよ~っ!」


 後にはセバスちゃんの怒号だけが残された。

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