アンゲロス

 ババゴラの洞窟ダンジョンを進む1組のパーティ『アンゲロス』。所属メンバーは女性冒険者のみで構成されている。

 その中でも一際目立つ女性が居た。彼女の名はリリ。その身長は185cmと圧倒的に高い。パーティと並んでダンジョンを進んでいる今も、彼女1人だけ煙突のように列から身体が飛び出している。

 おまけにここは洞窟ダンジョン。通路の狭さによっては、背の高い彼女は屈みながら進まなければならなかったりと、かなり不自由をしていた。


「おらおらとっとと行く!」


 パーティのリーダー、サラが先頭を行くリリの尻を蹴った。


「きゃっ」


 突然の事に驚いて飛び上がったせいで、リリは天井の岩に頭をぶつけてしまう。その勢いでバランスを崩して大きく尻餅をついた。


「あーもう何やってんのよこのデカ女!」

「ちょっとー!急に止まんないでよ〜」


 パーティメンバー達が口々に不満を漏らす。


「ご…ごめんなさ…」


 必死で謝りながらリリが起き上がると、自分の顔を液体が伝う感触に気付いた。額を触れてみると、痛みが走った。どうやら先程頭をぶつけた時に出血したようだ。


「あの…私に回復魔法を…」

「あぁ!?何言ってんの!戦闘で怪我したわけでも無いくせに!あんたが勝手にぶつけたんじゃん!」


 サラが怒鳴りつける。


「だって…急にお尻蹴るから…」


 リリが言った瞬間、サラは彼女の髪をがっしりと掴んでグイグイと引っ張った。


「あ!?何?私のせいだってか!?お前がトロトロしてっからだろ!?私が悪いのか!?あ!?」

「痛い!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」


 髪を掴まれ頭をブンブンと振り回されて、リリは悲鳴をあげた。


 リリとサラは同じ学校の出身だった。身長は大きいが誰よりも気が小さい彼女はいつもサラにいじめられていた。


 卒業後、2人が冒険者になるとサラはリリを強制的に自分のパーティに入れた。

 リリがやらされる事は荷物持ちや買い出しなど雑用全般。とにかくサラが面倒くさがる事を全部押し付けられ、召使いのような立ち位置になっていた。


 そればかりかパーティでダンジョンを行く時はいつもリリが先頭に立たされた。正面から敵が飛び出した時真っ先にリリを盾にする為だった。


 ただ、リリのスキルを考えると彼女が先頭を行くという判断は間違いとも言えない。

 彼女のスキルは『ガーディアン』。防壁魔法を得意とし、敵の攻撃からパーティ全体を守る事が出来る。


 しかしサラは戦闘でリリを前面に立たせて、彼女がピンチになっても助けようとは一切しない。それどころか彼女を囮のように扱う始末だった。


 サラにとって、リリは自分の命令通りに動く都合のいい人間でしかなかった。







「おお!ここめっちゃ鉱石あるじゃない!」


 リリが額の傷に耐えながら通路を進んだ先、開けた場所のあちこちの岩壁に鉱石を見つけてサラははしゃぎだした。


 パーティのメンバー達は各々採掘道具を取り出して鉱石を集め始める。入手した鉱石はリリが持っている袋に入れられる。

 鉱石が溜まっていくにつれて袋はずっしりと重たくなっていく。こういう重い荷物持ちも毎度彼女がやらされていた。


 その時、洞窟内に巨大な雄叫びが響いた。

 サラ達が驚いて顔を上げると、奥の通路から巨大なトカゲ型のモンスターが姿を現した。


「ゴーレムリザード!?」

「Aランクモンスターじゃない!何でこの洞窟に!?このダンジョンの難易度はBランクでしょ!?」

「…侵入モンスターだ!」


 侵入モンスター。本来そのダンジョンに居ないはずのモンスターが、何かのきっかけで外部から侵入してくる現象だ。

 難易度の低いダンジョンに突然強力なモンスターが現れ、未熟な冒険者が犠牲になったりと事故も多い。


「やばい!あんなの倒せないよ!」

「リリ!防壁魔法であいつの攻撃防いで!ほら、鉱石の袋は持っててあげるから!」

「うん!」


 リリは言われるままゴーレムリザードの前に魔法で壁を作った。ゴーレムリザードの爪がガンガンと壁を攻撃する。


「出来るだけ長く防いでてよ!今後ろから魔法攻撃で援護する準備してるから!」


 リリの背後でサラが声をかけた。リリは魔力をさらに壁へ注ぎ、壁を強化する。

 しかし、Aランクモンスターの強力な攻撃は、その壁を少しずつ破壊していった。

 もうすぐ壁が完全に破壊されそうという所まで来て、リリは違和感を感じた。

 ほかのメンバーの援護攻撃がいつまで経っても来ない。

 リリは嫌な予感を覚えつつ振り返る。

 そこにサラ達の姿は無かった。


 そこでリリは初めて、自分はサラ達が逃げるための時間稼ぎに利用されたのだと悟った。

 彼女は焦ってダンジョンの出口へ向かって走り出した。彼女のすぐ後ろで、防護壁は破壊される音が響いた。

 振り返ればゴーレムリザードは彼女のすぐすぐ後ろまで追いついていた。彼女はすぐに防壁壁を作り出し、攻撃から身を守った。


 それからは壁を作っては走り、作っては走りを繰り返した。







 あれから何分経過しただろうか。

 彼女は洞窟の中の小さな穴の中に1人身を隠していた。

 ゴーレムリザードの姿はいつの間にか消えていた。

 しかしもう魔力を使い果たし、まともに歩く事すら出来ない。

 もうこのダンジョンからは抜けられない。いずれ自分はモンスターの餌のなるのだろう…と彼女は諦めたように瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る