第2話 暑中と残暑―― 負けず嫌いと好奇心。



(大崎くん、今日は出勤するかなー?)


自己紹介をした翌日、今日こそ会話するぞと意気込んだものの、大崎くんは居なかった。さらにその翌日も居なかった。


(1日だけのヘルプだったのかな…?

どんな人なのか知りたかったのになぁ…。

あと、声聞いてみたかったなぁ〜)




それから1週間経ち、忘れかけた頃に大崎くんは出勤してきた。やっぱり制服は着用していない。



(今日は出勤なんだ!よし!!絡むぞ!!

今日こそ、声聞いてみせる!!)



夏休みに突入しているため、相変わらずお店は忙しいが、以前より出勤人数が増えた事と、新規メンバーも業務に慣れてきた事もあり、洗い場に行って少し会話するぐらいの余裕を持てるようになっていた。



『大崎くん!!おはよー!

久しぶりに出勤だったんだね!』


「…。(コクン)」


『大崎くんって、ヘルプじゃないよね?

ここで一緒に働くメンバーだよね?』


「…。(コクン)」


『あっ、席空いたから、片付けしてくるね!』


(話しかけてみたけど、やっぱり声出さないなぁ。

本当に不思議な人だなぁ…)



何度か話しかけてみたものの、大崎くんはやはり声を出すことはなかった。

だが、ここでわたしの変な負けず嫌いが顔を覗かすことになる。


(こんなに話しかけても声聞けないと、逆に聞きたくなる。声聞けるまで話しかけ続けてみよう!)



この日は洗い場へ行くたびに、大崎くんに話しかけ続けた。分かったことは、大崎くんは大学生で、わたしと同い年であること。アルバイトは初めて。


そして、もうひとつ分かったことは、声を出してもらおうと質問をしても、大崎くんは首を縦か横に振ってのみで会話が成り立ってしまうこと。


そう、わたしの質問の仕方が下手であるということ。


『大崎くんって、いま学生?』


「…。(コクン)」


『専門学生?』


「…。(ブンブン)」


『違うんだ!じゃあ、大学だ??』


「…。(コクン)」


『わあ!じゃあ、一緒だね〜!大学忙しい?』


「…。(コクン)」


『てか、今更だけど同い年かな?2年生?』


「…。(コクン)」


『そうなんだ!わたし、浪人してるから1年生なんだけど、てことは、同い年だねー!』



こんな感じで大崎くんが首を横に振れば、すかさずわたしが他の選択肢を言ってしまうため、それだけで会話が成立してしまうのだ。



変な負けず嫌いから話しかけていたはずなのに、いつの間にか大崎くんに興味津々になってしまっていた。話しかける理由が、『声を出させたい』という負けず嫌いから、好奇心へと変わっていっていた。



それから出勤が一緒になる度、わたしは大崎くんに絡みたくて洗い場へ行くことが増えた。もちろん、業務の合間を見計らいながらではあるが。



そして、このジェスチャーだけで成り立つ会話に慣れて、当初の『声を聞きたい』という目的をすっかり忘れていたが、この不思議な会話方法が出勤中の楽しみとなっていった。





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