第61話 しょうもないことではない!!
「はい、あーん」
「もう、ジュリアス……一人で食べられるってば」
「そうは言ってもまだ腕が痛むのだろう? ほら、遠慮するな。ほら、口を開けて……あーん」
「痛むって言ってもほんのちょっとだってば」
「だが、悪化させたら大変だからな。だから、あーん」
「……そういうとこ頑固なんだから」
頑なにマリーリの口元に匙を寄せるジュリアス。
まるで幼子のような扱いに不満を持ちつつも、あまり抗っているとジュリアスが不貞腐れるのもわかっていたので、マリーリは渋々ながら口を開いた。
「熱くないか?」
「えぇ、大丈夫」
「美味しいか?」
「えぇ、ちゃんと美味しいわ」
「そうか。ならよかった」
(甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのはありがたいけど、これは少々過保護すぎではないだろうか)
グロウによって隣国に連れ去られたあの一件以来、ジュリアスはまるで雛を育てる親鳥のように囲っては、必要以上にマリーリを構い倒していた。
あの日から数日が経過した今でもジュリアスはマリーリのそばから離れず、グウェンはもちろんミヤでさえも呆れるくらいの溺愛っぷりだ。
「水は飲むか?」
「飲むけど自分で飲めるからコップを貸して」
「ダメだ。俺が持つ」
「何でよ。溢しちゃうでしょ」
「だったら口移しするか?」
「何でそうなるの!?」
「はは、恥ずかしがるマリーリも可愛いな」
「可愛くないってば」
「またそんなことを言って。そんなマリーリが俺は好きだがな」
「〜〜〜〜っ!」
そしてマリーリがあんなにも悩んでいたのが嘘みたいに甘やかされ、スキンシップを取られ、さらに無駄に甘い言葉や愛の言葉などを囁かれてもう一体訳がわからない状態だった。
ーーコンコン
ノックが聞こえ、マリーリが返事をしようと口を開くもジュリアスによって手で塞がれる。
マリーリが「ちょ、何してるの!?」と手をどければ、「返事をしたら邪魔されるだろう」と真剣な表情で訴えてきて、ますます混乱した。
「と、とにかく待たせたら悪いでしょ! どうぞ、入って!」
「こら、マリーリ……っ」
扉が開き、やってきたのはミヤとグウェンだった。
そして二人を見るなり、呆れたような表情になる。
「やっぱりこちらにいらっしゃいましたか」
「トイレに行くと嘘までついて……探しましたよ」
「ちょっと、ジュリアス。仕事抜け出して来てたの?」
「……多少の息抜きくらいいいだろう」
「息抜きどころの話じゃないでしょう。ずっとマリーリさまのところにいるじゃないですか!」
「ジュリアスさま、いい加減仕事をなさってください」
「嫌だ」
ミヤが仁王立ちでジュリアスに仕事をするよう迫るも、彼はぷいっと横を向き、子供のように拒絶した。
その姿をマリーリは可愛らしいと微笑ましく思うも、ミヤはジュリアスの態度が癪に触ったのかビキビキと青筋を立てている。
「子供じゃないんですから! 嫌だとか分別つかないこと言わないでください」
「だが、俺は陛下からきちんと休みをもぎ取ってある」
「それはあくまで国のお役目のお休みでしょう? 領地内の仕事はたくさんありますからね」
「それは、グウェンに任せる」
「何をおっしゃってます! そんなことお父様がお許しになりませんよ!!」
「別に父に許してもらわなくてもいい」
「またそんなことおっしゃって! じゃあブルースさまをお呼びしますよ!」
唐突なブルースの名に動揺するジュリアス。
どうもジュリアスは兄であるブルースのことが苦手なようだった。
「兄さんは関係ないだろう」
「ボクからしたらジュリアスさまが仕事してくれるためなら誰でもいいから呼びますよ」
「それにマリーリさまだってそろそろお散歩なさったり普通にお食事をとったり日常生活をしていかないと、身体が鈍ってきてしまいます」
「もう俺はマリーリをどこにも出さないと決めたんだ。だからずっとここで囲えばいいだろう」
グウェンとミヤに説得されているジュリアスが突然とんでもないことを言い出し、思わずマリーリはギョッとする。
すると、「バカですか。本当にバカですか」とミヤがジュリアスに向かって詰め寄った。
「マリーリさまはジュリアスさまのペットではないんですから、そんなのはダメに決まってるでしょう! そもそもマリーリさまがそんなことを望むとお思いですか〜? 冗談も大概になさいませ!」
「だが、また今後マリーリに何かあってからでは遅いだろう!」
「そう、しょっちゅうしょっちゅう何か事件が起きてたまるもんですか! そもそも、今回の件はジュリアスさまが色々と秘密裏に抱え込んでいたせいもあるんですからね!!」
「うっ。それは……そうかもしれないが……」
ミヤに言い返されて言葉に詰まるジュリアス。
今のところ詳細はあとで話すと言われて詳細な説明は宙ぶらりんの状態ではあるのだが、とにかくキューリスとの一件もきちんと片付いたらしい。
そして今までジュリアスが不審な行動をしていたのは、スパイではなく囮捜査をしていたのだと知らされ、マリーリが考えていたありとあらゆることが杞憂だと知って安堵した。
ちなみに、キューリスは国家反逆罪として現在投獄されているらしい。
あまりに予期せぬ情報が多すぎて最初は「そんなまさか」と真実かどうか疑ってはいたものの、新聞に大きく記事として書かれていたことでやっと信じたくらいには衝撃的であった。
「ジュリアス、私は大丈夫だから仕事してきたら?」
マリーリがそう言うと、ジュリアスは衝撃的な表情をし、そしてミヤは勝ち誇ったように微笑んだ。
「ほら、マリーリさまもこうおっしゃってるんですから。マリーリさまは私がお世話するのでジュリアスさまはお仕事に専念してください」
「絶対に嫌だ。そもそもミヤばかりマリーリを独り占めしているのはズルいと思う」
「私はいいんです」
「なぜだ」
「私はマリーリさまと愛し合ってますから〜。もう姉妹のように固い絆で結ばれてますもの。ねぇ〜? マリーリさま〜」
「え? えぇ、そうね。ミヤとは姉妹と言っても過言ではないわ」
「っく、だが俺はマリーリの夫として子を成すことができるぞ?」
「くっ、きぃいいい! 何ですか、その返し! うぅううう、私が男であれば……!!!」
売り言葉に買い言葉でマリーリのことで言い争いに発展するジュリアスとミヤ。
マリーリはどっちにつけばいいのかとおろおろとし、グウェンが呆れたように口を開いて「お願いだからしょうもないことで争うのはやめてくれ」と言えば、ジュリアスとミヤが一気にグウェンのほうを向いた。
「「しょうもないことではない!!」」
ジュリアスとミヤの両名からぴしゃりと言われて、グウェンが涙目になる。
なんだかグウェンが可哀想になってマリーリが頭を撫でると、「グウェンだけズルい!」とまた言い争いが勃発し、なかなかどうにもこのマリーリの取り合いは一向に治まる気配はなく、遠目から見ていた使用人達もずっと微笑ましくもハラハラした様子で彼らを見守り続けるのだった。
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