第60話 今こそじゃじゃ馬根性見せないと……っ!
ドアが蹴破られ、入って来たのは血塗れになったジュリアスだった。
右手には血塗れの剣。
反対の左手にはぼろぼろになり、ぐったりした隣国の兵らしき男を引きずっている。
その顔立ちはいつもの優しいものとは違い、非常に険しく、まるで修羅と化した鬼気迫る表情であった。
「……っ! うぅ……あ……ぅっ!!」
「おい、喋るな!!」
「マリーリ!?」
食い込む縄が痛むものの、ジュリアスに気づいてもらうために必死に声を上げると、すぐさま男に口を押さえられるマリーリ。
だが、それよりも早くジュリアスが気づき、マリーリの姿を見るなり眉をギュッと
「貴様ら……よくもマリーリを……っ!」
剣を構えるジュリアス。
ここに来るまでに既に何人も切り倒したようで、血塗れの剣からは血がぼたぼたと滴っていた。
「おぉっと、近づくなよ。大事な嫁さん傷つけられたくないだろう?」
「うぐ……っ」
無理矢理腕を引かれて立たされる。
そして男は自分の盾にするようにマリーリを前に差し出すと、その首元に剣を突きつけた。
「マリーリ!!」
「それ以上近づくんじゃねぇ! 来たらお前の嫁を叩っ斬るぞ」
「……っく」
チリチリと首筋に走る痛み。
涙で滲むマリーリの視界の先に、苦悶の表情を浮かべるジュリアスが見つめているのが見えた。
自分が人質に取られることで身動きが取れない様子のジュリアスを見て、マリーリはなんて自分は無力なのか、いつも助けられてばかりで何もできないのか、と自分の愚かさを嘆く。
(本当に私は何もできない。むしろ足手まといになってジュリアスを巻き込んで……っ)
そうしてまたいつものようにネガティブに考えたときに、ふとミヤの言葉を思い出す。
ーー死ぬならみんなもろとも道連れにしてください!
(……そうよ、まだこんなところで死ねない。それに、ただ死ぬくらいならこいつらもいっそ道連れに……っ!)
弱気だったマリーリの心がミヤの言葉で盛り返す。
(そもそも私には帰る家も待ってるみんなもいるんだから、こんな隣国でなんか死んでたまるもんですか!!)
それにジュリアスとちゃんと結婚するんだとさっき後悔したばかりではないか、とマリーリは自分に言い聞かせる。
すると、先程までぼろぼろ溢していたはずの涙はいつの間にか引っ込んでいた。
(そうよ、陛下から信頼されている騎士であるジュリアスと結婚しようという女が何を弱気なことを考えているの! 薬か何か知らないけど、気弱になって死んではダメよ。今こそじゃじゃ馬根性見せないと……っ!!)
マリーリの瞳に闘志が灯る。
ジュリアスが助けに来てくれた今なら頑張れる、と身体に力が
(やれるやれるやれる。私ならやれる。ただ死ぬのを待つくらいなら抗ったほうがいいじゃない……っ!!)
マリーリはジュリアスを見つめると、ジュリアスは何かを悟ったのかふと優しい表情をする。
そして次の瞬間、持っていた男をマリーリを囲む男達に向かって勢いよく投げた。
「なっ!」
「うわぁ!!」
「くそっ!!!」
まさかジュリアスが手に持っている男を投げるなどと思っても見なかった男達は、受け身も取れずにそのまま雪崩れ落ちる。
マリーリに剣を突きつけていた男も動揺したのか、雪崩れ落ちる男達のほうに視線をやりながら固まっていた。
(今だ!)
マリーリはその一瞬の隙をついて男の足を思いきり力一杯踏みつけた。
「うぅううううぁああああ!!」
「痛ってぇ!! って、うぐぅあああ」
体勢を崩した男に、マリーリはそのまま勢いよく体当たりしてバランスを崩させた。
さすがの男も不意打ちを喰らって思いきり尻餅をつく。
そしてマリーリも男共々転びそうになるのを、腕を引かれたことで転ばずに済んだ。
「よくやった、マリーリ」
腰を抱かれ、ジュリアスがグッとマリーリを引き寄せる。
ジュリアスの声を近くに感じ、涙が再び溢れた。
「目を閉じてろ」
言われてギュッと目を閉じる。
そして、耳をつんざく断末魔の叫びや何かが倒れる大きな物音などを聞きながら、マリーリはジュリアスを信じてずっと目を閉じたまま彼の腕に抱かれ続けた。
「……もう、いいぞ」
ジュリアスの言葉に目をゆっくり開くと、安堵したような表情のジュリアスがそこにいた。
マリーリは周りを見ようと頭を動かそうとすると「見ないほうがいい」と言われて、大人しくその言葉に従う。
視界の端に映る鮮血と自分達以外誰も言葉を発しない現状から、きっと先程の男達は変わり果てた姿になっているだろうことが想像できた。
「間に合ってよかった……っ」
「ジュリアス……っ!!」
縄を解いてもらうと、そのままジュリアスに抱きつくマリーリ。
ジュリアスの身体は返り血で真っ赤に染まっていたが、そんなことなど全く気にせずにマリーリは彼の身体にしがみついた。
そしてジュリアスもまた、もう離さないと言わんばかりに激しくマリーリを抱きしめる。
「ジュリアス、ジュリアス、ジュリアス……っ」
「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」
ジュリアスの言葉にマリーリは小さく頷くと、「ジュリアス、また助けてくれてありがとう」と静かにはらはらと涙を流す。
そしてジュリアスはそれをそっと拭うと、いつもの優しい表情で微笑んだ。
「家に帰ろう。俺達の家に」
「えぇ、みんなが待ってる私達の家に」
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