第17話 退屈じゃなかったんだけどなぁ

「マリーリ、マリーリ……」

「ん……? ジュリアス……?」


 身体を揺すられ、重い目蓋を持ち上げるマリーリ。

 いつの間にか寝てしまっていたようで、目を開けるとそこには申し訳なさそうに歪めるジュリアスの顔があった。


「すまない、寝てしまっていた。足は痛くないか?」

「え? あぁ、大丈夫よ。気にしないで」


 言われて先程まで膝枕をしていたことを思い出す。

 ジュリアスは起きて早々にマリーリの膝で寝ていたことに驚いたのか、寝癖がつき、普段のクールさはどこへやら、あたふたと慌てた様子だった。


「そうか、それならよかった。そしてすまない、俺はもう戻らねば」

「そうよね、ごめんなさい。疲れてたみたいだから起こさないで寝かせてしまって」

「いや、いいんだ。マリーリも俺が寝ていて退屈だっただろう? すまなかった、この埋め合わせはまたいつかさせてもらう」


(退屈じゃなかったんだけどなぁ……)


 そう思っても焦っているジュリアスに言えるはずもなく、とにかく自分はどうも思ってないから早く行ってとマリーリはジュリアスを見送る。

 ジュリアスは後ろ髪引かれるような表情であったものの、急いでいるのは確かなのですぐさまマリーリの家を出ると、バルムンクに乗って行ってしまった。


(寂しい……)


 ジュリアスの背を見送ると、途端に虚無感に襲われる。

 はぁ、と小さく溜め息をついて家に戻ろうとすれば、好奇な眼差しとぶつかって、思わずその瞳の相手である「ミヤ!」と叫んでしまった。


「うっふふぅ〜、いいですねぇ、恋煩い! 見てて微笑ましいですぅ〜」

「本当、神出鬼没ね、貴女」

「人聞き悪いですよぉ〜! 私はマリーリさまの近くにずっといるんですから当たり前ですっ!」

「それ胸張って言うことじゃないでしょう? とにかく家の中に入ってちょうだい」

「はぁ〜い!」


 バタン、と扉を閉めるとミヤがギュッと抱きしめてくれる。

 マリーリは訳もわからず混乱していると、「マリーリさまが寂しそうなので、埋め合わせのハグですよ〜」とミヤににっこりと微笑まれた。

 相変わらずミヤの洞察力は凄い。


「もう、そうやってすぐにうやむやにしようとするんだから。……でもありがとう、ミヤ」

「ふふふ、私はマリーリさまの一番の理解者ですからねぇ〜」

「確かに、そうかもね。ミヤは世界で一番私のこと詳しいかも」

「でしょでしょう〜? 私が男で爵位持ちだったらマリーリさまを嫁に迎えられるのに!」

「ふふ、残念でした」

「いいんです、いいんですぅ〜! 私はマリーリさまのメイドで幸せですからぁ〜! 嫌だって言ったって地獄の底までお供しますからね!」

「えぇ、さすがにそれはちょっと遠慮するわ……」


 マリーリが若干引き気味になると、それを察してさらに「えー、何でですかぁー!!」と言いながら豊満な胸を押しつけてくるミヤ。

 そのいつもの日常があることに心のどこかで安堵しながら、マリーリはジュリアスがいない寂しさを埋めるのだった。



 ◇



「いよいよ、行くのね。寂しいわ、マリーリ」

「そこまで遠くはないから、いつでも行き来できるでしょう?」

「そうは言っても、貴女と毎日顔を合わせないのはつらいわ」

「もう、お母様ったら……」


 涙目でマリーリから離れようとしないマーサ。

 それを見ながら、やれやれと半ば呆れたような表情のグラコスは、マーサの肩を抱きながら「マリーリが困っているだろう」とマーサを窘めた。


「そうは言っても、心配だわ。いい? 野原で駆けずり回ったり、狩猟に行くと言って山に勝手に入ってはダメよ?」

「それ、いつの話よ。最近はやってないじゃない」

「ちゃんとジュリアスくんの話を聞いて、しっかりやっていくのよ?」

「わかりました」

「でも、何かあればいつでも帰ってきなさいよ? 何もなくても帰ってきていいけど」

「ありがとう、お母様」

「もしジュリアスくんがブランのときみたいに豹変したらすぐに帰ってくるのよ?」

「こら、マーサ。縁起でもないことを言うんじゃない」


 さすがに酷い言いようだとグラコスが窘めると、マーサは「男によってそういう人もいるでしょう!?」とグラコスに食ってかかり、グラコスも心当たりがあるのか、うぐ、と言葉に詰まった様子だった。


「お母様、ジュリアスはブランとは違うから大丈夫よ」

「そうは言っても、実際に変わる男もいるのだから……! 結婚というていではあるけど、まだ婚約なのだし、解消することはいつでもできるからね!」

「ジュリアスは絶対にそんな男じゃないから安心してちょうだい」

「そうだぞ。そもそもジュリアスくんを小さいときから知っているんだから、そんな男ではないことはマーサだってわかっているだろう?」

「わかってる、わかってはいるけどぉ〜!!」

「ジュリアスくんは王も認めたほどの紳士なのだから安心しなさい、マーサ」

「う、う、う……や、やっぱり離れたくないぃ〜!!」


 ひぃーんと再び盛大に泣き出すマーサに、グラコスとマリーリはお互いに顔を見合わせ苦笑する。

 こうなったときのマーサは面倒だと二人は知っているからだ。


「マーサも言っていたが、何かあればすぐに帰ってきなさい」

「ありがとう、お父様」

「それと手紙を書いたらちゃんと返事を出すのだぞ」

「わかっています」

「ジュリアスくんと達者にな」

「はい」


 久々にグラコスから頭を撫でられ、面映くなるマリーリ。

 こうして改めてお別れすると、ずっと毎日顔を合わせていた家族と離れるというのはなんだかちょっぴり寂しかった。

 けれど、ジュリアスと一緒に暮らせるという喜びもまたあり、不安と期待とでなんだか複雑な気持ちだ。


「はいはぁーい! 奥さま、もうマリーリさまの出発の時間ですから〜! そういうのはまた後日改めてなさってください〜」


 未だにマリーリにしがみつくマーサをミヤが勢いよく引っぺがす。

 主人に対してかなりぞんざいな扱いをしているが、こういう場合のマーサの扱いは誰よりもミヤが長けていた。


「何よ、まだいいじゃない! いいわよね、貴女はマリーリについていけて!」

「ふふふ〜、マーサ様の代わりにしっかりお世話させていただきますぅ〜」

「きぃーーーー!!」


 まるでコントのようなやりとりを繰り広げるマーサとミヤに、今日もフィーロ家は平和だと、マリーリはホッとするのだった。

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