二十一話 先輩と後輩
趣味が無いと、こういう時に一番困る。
カイトは買い物ついでに当ての無い散策をしていた。最初はミリの体を探すためにいくつかの病院を回ってみたが、収穫は一切なかった。ミリの本名も分からず、容姿を言葉で伝えるのにも限界があった。すれ違いをなくす為にミリに近い名前を手当たり次第、足を運んだ。しかし、彼女を見つける事は出来ず、現段階の行き場を失ってしまった。
当たっていない病院は距離はあるが、まだいくつかある。移動手段が変わるのが些か嫌だが、四の五の言ってられない。
その移動手段の事を億劫になりながらも歩いていると、前方からある少女が視界に入った。
「げっ、先輩じゃないですか」
「先輩に言う台詞じゃないんだけど、馬鹿」
セレカティアだ。
彼女もカイトに会った事が意外であり、不服だったのか、ムッとした表情を浮かべさせてきた。
「休みだから会う事はないって思ったのに、厄日だわ」
「それは失礼したな。暇になったもんでな」
「そうみたいね」
「お前はなんでこんなところいんだ? 追い出されたか?」
「あんたじゃあるまいし。お昼ご飯よ」
そういえば、もう昼だった。
起きてから少ししか経っていなかったので気付かなかった。就寝時間がずれるとこうなってしまうのは少し損した気分になってしまう。
「今回の依頼の報告、クリスはしてくれたのか?」
「えぇ。そのさっき帰ってきて、その入れ替わりで出てきたのよ」
「それ聞けて良かったよ。昼飯食ったのか?」
少しばかりの空腹感から来た発言だ。何だかんだで数軒の病院を渡り歩いたのだから仕方ない。相性の悪い相手ではあるが、同僚なのだから一緒に食事を取るのもいいだろう。
「え、食べてないけど……」
突然の質問にきょとんとした様子で、首を左右に振る。カイトはそれを見た後、彼女が出て来た建物の向かい側にあるカフェに目を向けた。
「あそこで食うか」
施設の前にあるカフェは夫婦で営んでいる小さなものだ。しかし、小さいとは裏腹に客が良く来る。理由としては、還し屋の来客が多いからだ。実際、カイトも仕事の都合でこの付近に来ると、必ずと言っていい程訪れる。クリスに動向すると、妻の方が毎回アレンジを加えたコーヒーを彼女に入れ、感想を聞いてくる。それに対し、クリスは誉めたり辛口な発言をしたりしている。
「デートに誘うにしても、下手じゃない? 突然すぎ」
「それを目的にしてねぇからいいんだよ」
「あっそ、じゃああんたの奢りでいいわよね」
セレカティアはそう言うと、次は上機嫌に声を張り、軽い足取りでカフェの方へと駆け出した。
「ちょっと待て、意味わかんねぇぞ」
「デートなら私は割り勘でするわ。けど、ただの新人との御飯なら、話を別。先輩に奢り」
こちらを振り返り、悪戯な笑みを浮かべる。
「普通は先輩が後輩に奢るんじゃないのかよ……」
「あたしとあんたの場合はこうなるの。じゃ、先に入ってるわねぇ」
そう言い残し、そそくさとカフェに入って行ってしまい、カイトはそんな彼女の後姿を見ながら、後悔のため息を吐いた。
誘うんじゃなかった。
カイトも店内に入ると、奥のテーブルでセレカティアがメニューを開いて、にらめっこしていた。
店内には、七つはテーブルが設置されており、その内の四つが客によって埋められていた。カウンターの方では、三〇代半ばの夫婦が手分けして料理を作っていた。そして、出来た料理を、先日入ったばかりだという若い女性が不慣れ動作で持っていく。
カイトは邪魔しないように、セレカティアが座るテーブルへ向かい、椅子に座った。
「あんたは何すんの?」
「いつものだよ」
いつものと言うのは、オムライスだ。二人が作るオムライスはそこらにある料理店では到底味わえない。ケチャップが効き過ぎない絶妙な量を施されている。その上、覆われているものも半熟であり、明かりで僅かに見せる光沢がカイトの食欲を大きくそそるのだ。
カイトとセレカティアは、女性に注文する、因みにセレカティアが頼んだものはランチセットその一である。単純に、ライスにスープ、ソーセージに加えてサラダだ。
あとは来るのを待つだけとなった二人は、ある人物を話題に上げた。
「ねぇ、あの子……どうなの?」
「あぁ、ミリか? どうもねぇよ。体はまだ見つかんねぇ……」
「そう……。けど不思議よね。記憶も無いのに、自分の姿を保てるなんて……」
「最近知った俺に同意を求めんな。本体は生きてるからじゃねぇのか?」
「知らない。記憶、私達で戻してみない?」
「……は?」
突然の発言に、カイトの間の抜けた声が口から洩れた。
「どうやって戻すんだよ。簡単な事じゃねぇだろ」
「あたしのマ……お母さんは還し屋の他に相談役もやってるの。還し屋にも、精神的に参っている人も居るしね。そこで使うのが、催眠療法」
セレカティアの母親は還し屋としての認知は高い。それは父親も同様で、二人でこなせば失敗などありえないと言われる程だ。両親あってのセレカティア。天才の下で生まれた彼女も最年少で還し屋になったものの、両親の存在に重荷としてのしかかっているという節が少なからずある。
「記憶喪失になった患者に対して、催眠療法で戻した事もあるの。あたしもやり方を教わったから出来るわ」
自信ありげに言ってのける彼女に、カイトは怪訝な表情を浮かべさせ、頬杖をつく」
「出来るわ、って……お前、ここに来たのクリスと同時期だろ? その間やってたのか?」
「勿論。腕が鈍らないようにうちの事務所の連中にしてる」
誰にだよ、と言いたかったが、言動からして相当の自信があるようだ。専門家ではない人間がそんな事するのも危険なのでは、と思うも、ミリの現状を考えると試せる手は一つずつ行っていきたい。
「どう? やってみる価値はあるでしょう?」
確かに、やる価値はある。この数日、何かを思い出そうとしては顔を顰めさせるミリの顔が頭の中に刻み込まれてしまっている。一刻も早く、本来の自分を思い出してしまいたい気持ちで一杯なのだろう。
あの顔を少しでも和らげるのなら、してもいいのかもしれない。
カイトは視界の端で料理を持ってくる女性を一瞥しながら、一度だけ頷いた。
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