七話 出発
「今、何て言った? ノムシアーナから依頼?」
カイトは目を丸くさせ、相変わらず深く椅子に座ってコーヒーを飲んでいるクリスに問い掛ける。
「そっ。こぉんな小さな事務所に、あのノムシアーナ家の家主から依頼。と言っても、私だから来た依頼だけどね」
「……そうっすか」
カイトは詰まらなそうに言い、客用ソファに腰掛けているミリを振り返る。
だが、クリスの言っている事は事実だ。彼女の顔の広さは街一番と言っても過言ではない。どこに行くにしても、彼女の名が上がり、部下である自分に彼女が如何に良い女性なのかを話し、迷惑をかけないようにと言われる程、街の人から支持を得ている。
『繋がりを得る事は、自分の血肉になる』といつも言っていた彼女だからこそ成し得た人望なのだろう。一般人から嫌われる職業である還し屋なのにも関わらず、好かれているのはそういう事があってのことだろう。それに加え、還し屋としての実力も折り紙つきであり、ミストを還す動作、速度が他の還し屋よりも速く、空に向かって軽く指を鳴らすだけだ。
元は中央部に住んでいたと言っていたが、当時所属していた事務所から、独立してきたらしい。以前からの実績の事もあって、短い期間でそれなりの仕事を承る事が可能となっている。
『あ、あの……ノムシアーナとは?』
ミリは首を傾げさせ、振り返ったカイトに質問を投げ掛けた。
「この街に住んでる富豪の姓名だ。還し屋を嫌う奴が多い中、ノシアムーアの亭主は好意的で、還し屋に対して出資をしているんだ」
『へぇ、良い人なんですね』
「まぁ、ここらの人らはクリスのせいでそれなりに良心的だがな。それに加えて、ノシアムーアの働きには、俺も感謝してる分はある」
カイトが話していると、不服そうな顔をするクリス。
「せいって何よ。少しでも警戒心を解こうと奮闘してるの」
「コーヒーの飲み歩きがそれってか?」
「交流は大切だよ」
「そうですか」
呆れて溜め息を吐いていると、ソファに座っていたセレカティアが疑問の声を上げる。
「ノムシアーナって当主だけでしょ? 還し屋に寛大なのって。それ以外は微妙だったはずじゃ」
すると、常に聞き手に回っていたミリの表情が明らかに変わった。
『え、そうなんですか?』
先程は好意的と聞いていたが、周りはそうでもないという状況についての驚きなのだろう。そうなると、亭主の独断で出資を行っている事となる。彼自身からの接触は問題ないが、彼以外との接触は好ましくないのでは、ややこしい位置関係になるのではないだろうか、とミリは思っているだろう。
「正直言って、姐さんだからって理由は嘘だと思うわ。他のとこが断った後に、来たんじゃない?」
その言葉に、クリスの顔が僅かに引き攣られ、じろっとセレカティアを睨むように見る。
「あの人以外は確かに良い顔はしないだろうね。けど、金はくれる」
そう言うと、カップに残ったコーヒーを全て飲み干し、席を立った。
「さ、用意して行くわよ。ここから列車で二時間だから」
「姐さん、あたしも行きます」
セレカティアは身を乗り出し、嬉々として手を上げたが、
「あなた、依頼されてた仕事してからね」
「……あたしだけ後日の合流?」
「正解」
それに対し、セレカティアは不服そうに口を尖らせるものの、規則という事もあって、渋々引き下がった。
「うぅぅ……」
「ごめんね」
僅かに笑みを浮かべ、顔の前で手を立てると、自室へ歩いていく。
「じゃ、一時間後に駅に集合ね」
そう言って、鼻歌を歌いながら部屋に入っていった。
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