第10話
『……ごめん、変な事話しちゃって、所詮悪魔の戯れ言だし、全部忘れていいよ。』
そう言い残して、彼女は家に来なくなった。
あの『昔話』と向き合う時間としてはとてもありがたかった。……向き合った結果得たものなどほぼ無かったが。
「―――か、先生?」
恐らく、精霊達が元に戻ったとしても以前のように、とはいかないのだろう。どちらも血を流し過ぎているのだから。
「―――あの、先生?」
だが、それでも―――
「先生!!」
「……っ! あ、ああ、すまない。考え事をしていた。」
しまった、今はパン屋の息子に勉強を教えているのだった。関係ないことを気にするのはやめねば。
「……今日は早めに休んだほうが良いと思いますよ? 僕の勉強は大丈夫なので。」
大丈夫だ、と答えようとして、最近碌に寝ていないことに気づく。
「…………すまない、そうさせてもらうよ。」
「……悩み事なら一人で抱え込むよりも誰かに相談したほうが良いですよ。」
僕もそうして解決した経験があるので、と言う彼に見送られ私はパン屋を後にした。
―*―*―*―
「貴方がここに来るとは、明日は雪ですかね。」
「……邪魔にならないよう隅の方にいたつもりだが……、なにか不味かったか?」
「いえ、そのようなことは何も。ただ珍しいなと。」
すっかり顔見知りとなってしまった悪魔祓いの男に話しかけられ、たしかにひどく場違いなところにいるなと改めて認識する。
「貴方は教会に来るどころか、神も信じていないでしょうに。」
ここは教会。あの『昔話』を聞かなければ私が関わることは一生ないであろうと思っていた場所だった。
「……少し、考えたいことがあってな。」
「……ふむ。」
何やら興味を持たれたらしい。……恐らく変な事をしないように見張っているだけだろうが……、
……丁度いいか。
「つかぬ事を聞くが、」
「何でしょう?」
「悪魔達がいつ、何処からやって来たかについて考えたことはあるか?」
「……この職に就いたときに一度だけ。ですが『ある日、急に現れた』以上の情報は見つけられませんでした。」
「…………そうか。すまないな、邪魔をした。」
これ以上居座っても迷惑にしかならないだろう。そう考えベンチから立ち上がる。
外に続く扉は重たかった。
―*―*―*―
「―――……問題無さそうですね、ではこの予定の通りに。」
「おう、何かあったら連絡させてもらうぜ。」
学会本部の会議室の中、会合が終わりそれぞれが部屋を後にする。
それに続いて部屋を出たところで、不意に声をかけられた。
「よう、どうだった……って、その感じだと上手いこと纏まったみたいだな。」
誰かと思えば顔馴染みの本部員である。
「まあな、たった一ヶ月で準備してもらうことになってしまったのが心苦しいが……。」
「安全性の確保のためだろ? 仕方ねえって。」
飯、まだなんだろ? と誘われるがままに共に昼食を摂ることとなった。
―*―*―*―
「いやぁしかし良かった良かった。これで今度の祭りは楽しくできそうだ。」
「……最近は肩身が狭い、なんて愚痴もあったからな。」
「『よく分からないことをしてる陰気な集団』ってイメージがなぁ……。ま、それも今度の祭りで少しは変わるだろ、本当に水銀灯様々って感じだな。」
大通りに面した大衆食堂で向かい合って座る、話すのは専ら先程の会合のことだ。
一ヶ月後にこの港町で開かれる『夏祭り』、一年間の海の安全に感謝し、次の一年間の安全を祈願する。そんな意味を持つ祭りである。
そんな祭りに新たな出し物を用意できないか、という相談をするため、地元の商工会の会長を呼んで開かれたのが先程の会合だ。
そこで提案されたのが『ペンダントライトの展示』。私が発明した水銀灯にステンドグラスを被せて広場に吊るす。単純ではあるがそれ故に参加しやすく、なかなか良い企画だと好印象だった。
そして、それを発案したのが―――
「あとは名簿の端っこの方に俺の名前があれば大満足だな!」
―――目の前にいる彼というわけである。
「発案者の君こそ会合に出るべきだろうに。」
「……良いんだよ俺は。ちょっと思い付いただけなんだから。」
困ったような顔で手をひらひらと振る彼に、そうか、と短く返す。彼がそういう仕草をするときは『どうしても追及してほしくない事』を聞いたときだ。
そういうときは余程のことがない限り無理に聞き出そうとはしない。それが長年の付き合いで生まれた暗黙の了解だった。
「……まあそれはそれとして、だ。」
と、そこで彼が急に姿勢を正す。
「何だ?」
「たまには善き友人
そして、真面目くさった雰囲気を漂わせながらニヤリと笑うという器用なことをしながら言ってみせた。
「何か悩んでることあるんだろ? 相談なら聞くぜ?」
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