第7話

「―――……ん、」


 瞼の向こうに光を感じ目を覚ます。凝り固まった腰の痛みに顔を顰め伸びをする。


 確か、昨日はあのあと「寝るまでは近くにいて欲しい。」とせがまれたのだったか。どうやらあのまま眠ってしまったようだ。

 ベッドの中に彼女の姿は無かった。キッチンの方から香ばしい匂いがするから、恐らくそちらにいるのだろう。


「あ、おはよう。」


 案の定、キッチンへ向かうと快活な声が聞こえてきた。


「おはよう。体はもう大丈夫なのか?」


「おかげさまでね、それにしても驚いたよ、あんなふうに聖域を作れる人がいるなんて思いもしなかった。」


 促されるままに席につくと、パンとベーコンエッグが出された。


「君ならできるだろう?」


「わたしはそこそこ普通の悪魔で君は規格外の人間なのー、……まあ、聖域を作り出せる悪魔も規格外だけどさ……。

 それにしたってわたしが聖域を作ろうとするなら綺麗な泉が無いとうまくいかないし、やっぱり君は規格外すぎないかなあ。」


「自分の体を起点にすればいい。」


「…………本ッ当に君は『突拍子の無いちょっとできそうな事』を考えるのが得意だよね。」


 ……別に根拠もなくこんなことを言った訳ではない。

 そもそも今回の人工聖域、準備に使ったのは悪魔たる彼女から“購入”した毛髪である。……ちなみに代金としてある喫茶店で奢らされた。


 できない。とは思わない。


 彼女は他の悪魔とは違う、それはその能力がどうこうというだけの話ではなく、そもそもの在り方から何かが違っていた。


 私の知る限り悪魔とは『悪意をもって人々を惑わす存在』である。これは彼らにとって本能であり、あらゆる行動の主目的である。なのでその行動を変えることはほぼできない。

 だが、彼女の行動原理の根底にあるのは『好奇心』だ。だから好奇心を満たすような何かを提示できれば交渉をする余地を作れる。恐らく私が彼女に気に入られたのもこの好奇心が理由なのだろう。


 勿論、これはほんの些細な差異であってこれだけを以て『違う』と断ずるわけではない。もっと大きな理由がある。


 彼女は他の悪魔とは一線を画すほどに高い能力を持っている。が、それにはある条件が付く。

 彼女の能力チカラは月の満ち欠けに大きく影響を受けるのだ、まるで月から力を得ているかのように。

 新月の日と満月の日ではそれこそ倍近い差が生まれるほどの制約が彼女の能力には存在する。

 私が彼女を『月の悪魔』と呼ぶのはそれが理由だ。


 ともかく、彼女があれ程の大怪我をした事にもそういった所から無理矢理納得することはできた。


 …………だが、


「…………。」


「……どうしたの? わたしの顔に何か付いてる?」


 一つの可能性に行き当たったとき、聞かずにはいられなくなった。


「……一つ、確認したい事がある。」


「……何?」


 これは、研究者としてのさがか、それとも―――


「君は、いつから食事をとっていない?」


 強張った顔は、何よりも雄弁にその答えを物語っていた。

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