第5話
新月の夜、窓の外遠くからかすかに聞こえる潮騒に耳を傾けながら手元の本へ目を落とす。周囲に気兼ねなく研究をするため、町から離れた場所に建てたこの家は、趣味の読書に没頭するのにちょうどいい。
手元を照らしているのは真新しい水銀灯だ。鈴蘭を模したこの照明は早くも私のお気に入りとなっていた。
「………………はぁ」
駄目だな、どうにも落ち着かない。研究に没頭しているうちは良いが、それが終わると途端にこれだ。
散歩にでも行こうか。
そう考えた矢先、不意に窓の外から血の匂いが漂ってきた。
…………何だ?
その疑念は、玄関の方から聞こえる何かが倒れるような音で嫌な予感へと変わっていく。
「…………まさか……!」
弾かれるように駆け出す。防犯のための鍵とチェーンが今は煩わしくて仕方が無かった。
「―――っ!」
そこには、全身傷だらけの角の生えた怪物が倒れていた。意識を失いかけているのか、目はほとんど開いていなかった。
恐らくは悪魔祓いの仕業だろう。
とにかく急いで魔法で応急処置をする。私の存在に気づいたのか無理して口を開こうとするのを押し止めた。
最低限の治療を済ませ、抱き上げる。できることならもっとしっかりと処置したいが、残り時間がどれほどあるかがわからない以上悠長にしている隙はなかった。
「…………ごめん、ちょっとしくじっちゃった。」
「黙ってろ、無理をするな。」
「迷惑、かけちゃうよね……」
「いいから黙ってろ。」
物置へ連れて行き、一緒に持ってきたマントをかぶって待っているよう言ってから物置の戸を閉める。
ここからは時間との勝負だ。
まず床に付いた血、特に物置に続くようなものを拭い、服を着替える。匂いまでは隠せないが、これは別の手段で隠す。
次にまだ調整途中のある魔法陣を起動、彼女にかかる負担は渡したマントが軽減してくれるはずだ。
問題なく室内に魔法陣の効果が満ちたことを確認して最後の仕上げにかかる。白衣を羽織り、器と特殊なインク、そしてナイフを用意する。
そして―――
「……っ、」
腕を切り、器の中に血を垂らす。十分な量になったら魔法で止血しインクと混ぜる。これで適当な魔法陣を書いておけばいい。
と、書き始めて半分ほどのところで乱暴なノックの音が響いた。
当然、すぐには向かわない。どうせ蹴破ろうとするだろうとありったけの強化魔法をかけておいたため、ドアが壊れる心配も無い。せいぜい足を痛めやがれ。
もうすぐで書き終わるというところで、一段と大きい音がした、……そろそろ良いだろう。包帯を取り、玄関へ向かう。
ドアを開けると、二人組のうち若いほうが蹲っていた。
「うるさい、何の用だ。」
「き、貴様! ノックの音が聞こえないのか!」
「聞こえているからこうして出てきたに決まっているだろう。」
「よくもぬけぬけと―――」
「……あー、確認させてほしいのだが手負いの悪魔を見ていないか?」
「見てないな。」
涼しい顔で言い返す。若い方は顔を真っ赤にしているがそのままにしておこう、殴りかかってくれれば楽に追い返せる。
「こちらの方へ逃げたのか?」
「ああ―――」
「白を切るな! 匿っているんだろう!」
「そうしたいのは山々だがな、そちらこそもっと上手く追い込んでくれ、せっかくの実験材料が逃げてしまう。」
そう言ってやると若い方が怯む。もう一方の―――おそらく先輩の方は落ち着いているな、彼はどこかで見た覚えがあるのだが………、
「な、ならこの血の匂いはなんだ!」
「触媒として便利だから使っていた。別に作っていたものを見せてやってもいいが……、その顔に埋まっているのがガラス玉でもない限りこの包帯が見えないわけじゃないだろう?」
わざわざこれみよがしに巻きながら出ていってやったんだ、一々説明させるな。……というのは胸に押し止める。
……ああ、思い出した。先輩の方とは一度今みたいに玄関で押し問答をしたはずだ。確かあの時は悪魔召喚の儀式をしてるのではないかと疑われた覚えがある。
「なら、中を調査させろ!」
……はあ、しつこいやつだな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます