配達クエスト 3

 キャンプ地との中間にある村に着いた。エノーラさんの話だと、ここで食事ができるらしい。

 村はとても小さく、メインストリートとみられる通りには、20軒ほどの家しか建っていない。あたりを見渡すと、すぐにレストランの看板が見つかった。


「タカオ、あそこにレストランがあるよ」


「おう、じゃあ早く入っちまおう。雨の中を歩き続けて、もうずぶ濡れだ」



 レストランに入ると、昼食時ちゅうしょくじなので賑わっていた。


「おばちゃん、こっちにエールちょうだい」


「あいよ」


「こっちにもエール。あとソーセージの盛り合わせね」


「昼間っから本格的に飲むんじゃないよ」


 お客さんと店員のおばちゃんのやり取りは親しげで、みんな常連なのだろう。僕ら以外には村人しか居なそうだ。



 僕らは入り口で雨具を取ると、空いているテーブルを見つけて、そこに座る。すると、こんな声が聞えてくる。


「すげえ、美人がいらっしゃった」「ああ、絶世ぜっせいの美女だな」「隣のエルフの子も可愛いぞ」


「ほら、あんたたち、そんな態度だと、お嬢さんたちが怖がるだろ。いらっしゃい、何にしますか?」


 レストランのおばちゃんが、笑顔で僕らに話しかけてきた。僕もほがらかに答える。


「昼食で、何かオススメはありますか?」


「それなら、サンドイッチのセットがオススメだよ。このランチのセットは、伝説の勇者、スドウさんが考案したメニューだからね」


 それを聞いて、タカオがすぐに返事をする。


「スドウさんなら確実に美味いだろうな。それを2人前頼むよ。あと、温かい物はないかな?」


「キャベツとジャガイモとソーセージのポトフならあるよ」


「じゃあ、それも2つお願い」


「あいよ。まいどあり!」


 威勢の良い声が響き渡り、注文を伝える為に、おばちゃんは厨房ちゅうぼうの中へ消えていった。



 おばちゃんが消えると、まわりの男の客が寄ってくる。


「雨の中、大変だったでしょう。どこから来たの?」


 タカオと会話をさせて、異性の好感度が上がりすぎても困るので、できるだけ僕が会話をする。


「街からやってきました。僕たち冒険者ギルドの依頼で『ジェフリー牧場』に行くんです」


「『ジェフリー牧場』かあ、遠いね。途中で一泊していくのかい?」


「ええ、この先の村のキャンプ場で宿泊する予定なんですけど……」


 僕が地図を出して説明をしようとすると、隣からグゥ~っと、腹の鳴る音が聞えてきた。



「お腹が減った。昼飯はサンドイッチって言ってたけど、どんなのが出てくるんだろうな?」


 タカオが食事の話題を振ると、村人は僕の広げた地図には見向みむきもせず、食事の話題に飛びついた。


「それなら、ハムとキュウリのサンドイッチと、ゆで卵のサンドイッチだな」


 隣にいた村人が、壁を指さして言う。


「この村の名物だ。スドウさんが書き残した、サンドイッチのレシピのメモもあるんだぜ!」


 壁には、額に入れられたメモ書きが飾ってあった。座っている場所からは遠くで良く読めないが、『ハム』や『キュウリ』や『卵』という文字だけは認識できる。文字は日本語なので、あのメモは間違いなく本物だ。


「おお、美味そうだ、早く来ないかな」


 タカオのお腹が、またグゥ~っと鳴った。


「はいよ、お待ちどおさま」


 タカオの腹の音が聞えたのか、おばちゃんが急いで料理も持ってきた。



 アツアツのポトフと、ハムと卵のサンドイッチ。体が冷え切った僕たちは、ポトフから食べ始める。


「ウマいな、これは」


「美味しいね」


 しんなりと味のしみたキャベツに、スプーンで簡単に崩れるジャガイモ。これだけでも美味しいのだが、そこに香辛料が多めに入ったソーセージが合わさり、とても良い味になってる。


 スープを食べて、体が温まってくると、次はサンドイッチに手を出す。

 ハムとキュウリ、ゆで卵のサンドイッチ。どちらもオーソドックスなサンドイッチなのだが、ボソボソとして、何かが足りない。

 あまり美味しくないサンドイッチに、タカオがふてくされた顔で言う。


「何か水分が足りないな。口の中がパサパサする」


「うん。でも、普通はサンドイッチってこんな物じゃない?」


「そうかな? もっと美味しい記憶があるんだが……」


 タカオが料理を批判するような事を言うと、厨房の方からシェフがやってきた。



 シェフは僕らをにらみつけて言う。


「儂のサンドイッチに何が足りていないって?」


 かなり怒っているように見えたが、タカオは平然と答える。


「なんだろう? サンドイッチは、もう少し、しっとりしていた気がするんだよな。旨みも足りないし……」


 すると、シェフはわなわなと、体を震えながら言った。


「その通りじゃ。儂は昔、スドウさんに作ってもらったサンドイッチを食べた事があるんじゃが、その味がどうしても再現できん。試行錯誤で何度も試したが、上手く行かんかった……」


 異世界の人には難しいかもしれないが、僕にはすぐに足りていない物が分ってしまった。



 僕は、念の為にスドウさんの残したメモを読む。そこには、予想どおり、『マヨネーズ』の文字が書いてあった。


 マヨネーズは、この世界ではほとんど使われない調味料だが、街のスーパーには売っていた。いくつか買って、僕の倉庫魔法の中に放り込んである。倉庫魔法からマヨネーズを出すと、僕はタカオに渡す。ちなみに、この世界のマヨネーズはビンに入って売っている。


「はい、これを付けてみて」


「おっ、サンキュー、ユウリ」


 タカオはサンドイッチを開くと、そこにマヨネーズをつけて挟みなおす。そして再び食べ始めた。


「そうそう、やっぱ、この味だよな。足りないのはマヨネーズだ」


「うん、メモにも書いてあったからね」



 この会話を聞いたシェフが、鬼気迫ききせまる表情で、僕に詰め寄ってくる。


「おぬし、本当にあのメモの言葉が読めるのか?」


「ええと、その、ちょっとあの文字の研究などをしていまして、ある程度は読めますね」


 そう言いながら、僕はサンドイッチにマヨネーズを塗り、シェフにすすめて見る。


「味の確認をしてみます?」


「ああ…… うむ、これはまさしく、あの時の味! 『マヨネーズ』とやらは、どこに行けば手に入る? 教えてくれ!」


「街のスーパーに売ってますね」


「……そんな場所にあったとは」


 シェフが呆然ぼうぜんとした表情をした。この様子だと、何年も味の追究をしていたのだろう。それがスーパーに売っていると聞いて、ショックを受けたらしい。



 このやり取りを聞いていた村人達が騒ぎ出す。


「スドウさんの本当の味、食べてみたいな」「俺たちにも、それを味合わせてくれよ」


 僕が倉庫魔法から、予備のマヨネーズを出しながら言う。


「『マヨネーズ』はけっこうあるんで、シェフ、作ってあげて下さい」


「調味料さえ分ればこっちのもんじゃ、儂に任せておけ!」


 シェフが厨房に入り、しばらくすると、ものすごい量のサンドイッチを持って戻ってきた。


「今日は儂のおごりじゃ、みんな食え!」


「いただきます~ おっ、なんだこれ、うめぇ~」「本当だ! こんな味があるなんて!」


 この後。レストランは、ちょっとしたサンドイッチのパーティー会場のようになった。



 サンドイッチが無くなると、空になったマヨネーズの容器をみながら、シェフがつぶやく。


「これからは『マヨネーズ』を仕入れなければな。街から輸送するとなると、高くつくな……」


 この村から街までおよそ15キロ。往復で30キロだ。運搬する仕事は、ほぼ一日がかりと言って良いだろう。 この世界のマヨネーズは、あまり日持ひもちちもしないので、頻繁に運搬を頼まなければならない。



 これは面倒だと思う、そこで僕は、シェフにこんな提案をする。


「この村の近くで鶏の卵はとれますか?」


「ああ、鶏の卵は売るほどとれるぞ。なんでそんな事を聞くんだ?」


「卵、油、酢、塩があれば、マヨネーズが作れます。よければ作り方を教えましょうか?」


「そんな身の回りの調味料で作れるのか…… 頼む、教えてくれ!」


「では、厨房へ行きましょう」


 この後、シェフにレシピを教え、死ぬほど感謝された。

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