配達クエスト 1

 ここ数日、雨が続いている。ギルドの受付係のエノーラさんに聞くと、この時期はいつも雨が多いらしい。日本で言うところの梅雨つゆに入ったのだろう。


 雨の日は外に出られないので、冒険者は暇だったりする。

 昼間からギルドのレストランで、ダラダラと酒を飲んで時間をつぶす。金に困った冒険者の人たちは、街中の清掃の依頼を引き受けたりするが、基本的には街の外には出ない。


 僕らも狩りができず、冒険が出来ないのだが、他の仕事があったりする。雨の日はレストランでカレーを提供する約束をしているから、料理を作らなくてはならない。


 朝、雨が降っている事を確認すると、食材を買い出しに行き、昼ごろから仕込みを始める。こうも雨が続くと、僕らは冒険者なのか、カレー屋なのか分らなくなってきた。



 そんな状況の中、道具屋のロジャーさんから依頼が来た。受付係のエノーラさんと依頼主のロジャーさんが、2人で僕らの元へとやってくる。


「ユウリさん、タカオさん、依頼の話なんですけど、少しよろしいでしょうか?」


「あっ、はい。大丈夫ですよ」


 エノーラさんに言われて、僕はカレーをかき混ぜるオタマを置いた。エノーラさんは話を続ける。


「この街から二日ほど先にある牧場に、荷物を輸送してほしいのですが…… ロジャーさん、荷物の量はどのくらいでしょうか?」


「荷物の量は、馬車だと一台半ってとこだな。ここの所の雨で、道がぬかるんで荷車が使えないから、お嬢ちゃんの収納魔法で運んでもらうって訳だ。魔法で収納すれば、道が酷くても歩いて移動できるからな」



 荷物の量を聞いて、エノーラさんが渋い顔をした。


「すいません、その依頼は無理だと思います。収納魔法というのは、そんなに容量が無いんですよ」


 するとロジャーさんが反論をする。


「まあ、普通はそうだろうけど、このお嬢ちゃんの収納魔法には、大型の『居住馬車きょじゅうばしゃ』が入ってるんだ。それを出せば、このくらいの荷物は入るだろ?」



「その話、本当ですか?」


 エノーラさんが信じられないという顔で、僕に聞いてきた。


「え、ええ。まあ」


 なんとなく答えるのだが、タカオが余計な事を言う。


「ユウリの収納魔法の容量なら心配しなくて良いと思うぜ。この間、建築ギルドの依頼を引き受けた時、『居住馬車』の他に、木材とか、荷馬車3台分くらいは入れていたからな」


「……普通ならありえない事態ですが、ユウリさんだったら出来てもおかしくはないですね」


 エノーラさんが変な理由で納得したようだ。そんなに僕はやらかしているのだろうか……



「まあ、その分だと居住馬車を出さなくても大丈夫そうな感じだな。輸送量の報酬は…… そうだな、銀貨20枚でどうだ?」


 ロジャーさんが値段の提案してきたが、僕らは相場という物を知らない。この値段で受けて良いのか迷っていると、タカオが返事をする。


「いいぜ、引き受けよう。カレーを作るのも飽きてきたし」


 この返事を聞いて、エノーラさんがあきれながら説明してくれる。


「天気の良い状況で馬車でを手配すると、およそ銀貨12枚程度くらい掛かります。天候の悪さを考えると、妥当だとうな金額でしょう。それでは、その値段で書類を作りますね」


 そう言って、受付の方へと戻って行った。



 残されたロジャーさんは、鍋の中を見ながら言う。


「そのドロドロとしたスープ。カレーっていうのか?」


 その質問に、僕が答える。


「ええ、そうです。食べてみますか? 銀貨1枚になります」


「……いや、止めておこう。凄い臭いがするし、食い物にはとても見えない」


 このロジャーさんの発言を聞いて、ある人が切れた。


「食い物に見えねーとはどういう了見りょうけんだ、このやろー」


 雨の日はかかさずにカレーを食べに来る、建築ギルドの親方、アンドレアンさんだ。



「おう、ロジャー『食い物には見えない』とは聞き捨てならねぇーな。こと次第しだいによっちゃあ、建築ギルドを敵にまわすぜ!」


「おいおい、いくらなんでも、それは大げさだろう。こんな出来損できそこないのスープひとつで」


「『出来損ない』っつったか。もういい、野郎ども、やっちまえ!」


 親方がそういうと、建築ギルドの人が、よってたかってロジャーさんの手足を押さえた。


「これでもくらいな」


 若手の人が、カレーライスを一口、スプーンにすくうと、それをロジャーさんの口に放り込んだ。



「う、美味い。なんだこれは……」


 驚愕きょうがくの表情を浮かべるロジャーさん。それを見て、満足そうに笑う親方。


「そうだろう。これで俺がキレた理由も分るよな?」


「ああ、こんな美味い物を侮辱ぶじょくされれば、誰だってキレるさ、謝ろう。それで、お嬢ちゃん、この料理を俺にもくれ」


「はい、それでは銀貨1枚になりますね」


 こうしてカレーのファンが、また1人、増えた。


 ちなみに、この日のカレーの売り上げは、銀貨42枚。収入の面から見てしまうと、僕らは冒険者ではなく、完全にカレー屋なのかもしれない……

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