護衛任務 7

 食事が始まると、われ先にと、争うように天ぷらを食べ始めた。

 食卓は、ちょっとした戦場のようになっている。


 みんな勢いよく食べている中で、農家さんだけが、まだ手を付けない。未知の料理を警戒しているのだろうか?


 タカオが農家のお子さんに声をかける。


坊主ぼうずどうした? 早く食べないと無くなるぞ」


「お姉さん、僕は野菜はあんまり好きじゃないんだ……」


 それを聞いて、農家のお父さんがこんな説明をする。


「いやぁ、お恥ずかしい。毎日、野菜ばかり食べさせていたので、野菜嫌いになってしまったようで……」


「そうだよ毎日、同じ味で、もう食べ飽きたよ……」


 お子さんが口をとがらせて、ねた感じで言う。



 ここで僕は、普段はどんな料理を食べているのか気になった。


「いつもはどんな料理で野菜を食べているのですか?」


でた野菜に、塩を掛けたものですね」


 農家の奥さんが力強く言い切った。僕はさらに質問をする。


「他の種類の料理は?」


「だいたい茹でた野菜です。たまにサラダとか作りますけど」


「ああ、うん。そうなんですか……」


 僕が愛想笑あいそわらいを浮かべながら答える。料理は、都市部では、ある程度は発達していたのだが、少し田舎にいくとまだまだらしい。毎日、茹でた野菜をたべさせられていると、誰だって嫌になるだろう。



「まあ、騙されたと思って食べてみないか?」


 タカオがお子さんに向って言うと、お子さんは頬を染めながら答える。


「うん、食べてみるよ」


 そう言いながら、ニンジンの天ぷらを天つゆにつけて、口の中に入れた。すると、目を見開き、驚いた表情で感想を言う。


「すごい美味しい。まるで別の食べ物だよ! ユグラシドル級だ!」


 お子さんがそう言うと、奥さんも手をつける。


「なんですか、これは。本当に美味しい。出来ればレシピを教えて欲しいのですが……」


 僕はこころよく、返事をする。


「良いですよ。ところで『ユグラシドル級』って何ですか?」



 この会話を聞いていた親方が、話に割り込んできた。


「なんだお嬢ちゃん、『ユグラシドル級』って知らなかったのか?」


「ええ、聞いた事がありません」


材木ざいもく流通組合りゅうつうくみあいが出している、有名なグルメの本の階級のひとつだぞ。『ナラ』『パイン』『スギ』『オーク』『ヒノキ』など、木材のレベルに例えて、店の評価をするんだ」


「なんで木材の流通組合が、そんな本を出しているんですか?」


 僕の質問に、親方が固まった。


「……なんでなんだろうな? そういえば、気がついた時には、世界一有名なグルメの本になっていたな」


 まあ、僕らの元いた世界でも、タイヤメーカーのグルメの本が世界的に有名だった。材木の流通組合の本が有名になっても、何もおかしくはない。


「あっ、はい。分りました」


 僕は適当に返事をして、食事を楽しむ事にした。



 自分の揚げた天ぷらは、我ながら上手く揚がっていた。衣はカリッとフワッと揚がっている。

 天ぷら職人になるには、何十年と修行をしなければならないらしいが、これはおそらくプロ並みの仕上がりだ。これもエルビルト・シオールのおかげだろう。


 冷えたエールと天ぷらを交互に食べていたら、あっという間に料理の量が減っていった。



「おお、もう無くなっちまった」


「いや、まだ料理は倉庫魔法にしまってあると言っていたぞ。早く出してくれ!」


 テーブルの一部では料理がきている。これは、あまりにも早すぎる気がする。

 そこで、僕は腹持ちの良い、天丼をみんなに振る舞って、天ぷらの消費スピードを抑える作戦に出る。


「天丼という、天ぷらを使った料理をお配りします。この料理もお代わりが出来るので、慌てずに食べてください」


 僕は倉庫魔法で、おひつを取り出して、どんぶりにご飯を入れ。その上に天ぷらをバランスよく乗せて、天つゆを掛けてみんなの前に出す。すると、タカオがそれを受け取り、「ウマイ、ウマイ」と言いながら食べ始めた。


「俺にもくれ」「俺も」「僕も」


 ギルドのみなさんや、農家さん一家から催促さいそくをされ、僕は大急ぎで天丼を作っていく。


 この世界ではパンが主食なので、ご飯がメインの料理が受け入れられるか心配だったのだが、みんな美味しそうに天丼をたいらげていく。料理が受け入れられて、うれしい反面はんめん、ご飯が足りるかどうか不安になってきた。



 一通り、天丼を配りきり、お代わりをある程度配り終えると、みんなお腹が膨れてきたのか、ようやく食事が落ち着いて来た。

 僕も自分の分の天丼を作り、ゆっくりと食べ始める。ちょっと濃いめの天丼のタレは、ご飯によく合い食が進む。



 みんな笑顔で食事をしている中で、農家のお父さんだけが難しい顔をしていた。


「どうしたんですか? お口に合いませんでした?」


 僕が聞くと、農家さんはこう答える。


「いえ、今まで米という物を、あまり食べなかったのですが、こんなに美味しいなら作ってみようかと思いましてね」


「良いですね。ぜひ、作ってみて下さい。米を作っている人は、まだ少ないみたいなんで。あっ、そういえば、農作物の勇者スドウさんが残した農業のメモ。米に関する部分を抜粋して、お渡ししましょうか?」


「あっ、大丈夫ですよ。資料は取り寄せるので」


「いえ、オリジナルの未翻訳みほんやくのメモなので、何かヒントになる事が書いてあるかもしれません。とりあえず、お渡ししておきますね」


「……もしかして、スドウさんの暗号文を翻訳できるのですか?」


「ええ、そうですね」


「なんと、それはぜひ下さい、そして翻訳した物を、世間に広めて下さい! お願いします!」


「はい。農業に関する部分は、あと2~3週間で終わると思うので、もうしばらくお待ち下さい」


「分りました。お待ちしております」


 いつの間にか、農家さんは敬語で話していた。やはりスドウさんはそれだけ偉大いだいな人だったのだろう。



 この後、食事が終わると、何人かは食べ過ぎて動けなくなっていた。

 その人たちを置いて、僕は後片付けをする。後片付けといっても、『領域洗浄りょういきせんじょう』の魔法で、一瞬で終わる。


 片付けが終わると、後は寝るだけだ。寝る場所は、納屋の床で適当に寝る予定だったのだが、僕とタカオは農家さんの客間に招待された。


 護衛なので、それは断ろうかと思ったのだが、親方の好意により、僕らだけ客間で泊まる事となる。客間に入り、ベッドに横になると、この日は疲れていたのか、すぐに眠りに落ちた。

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