雨の一日

 3日目の朝を迎える。窓の外は薄暗く、外はザーザーと雨が降っていた。

 タカオを起こして、ギルドの食堂へと行く。


 朝食のセットは安いので、今日も賑わっている。銅貨3枚を払い朝食を貰うと、僕らは適当な席に着く。

 食事を食べながら、今日の予定をタカオと話し合う。ちなみに今日の朝食は、ベーコンとポテトサラダ、カボチャのスープとパンのセットだ。



 タカオが硬いパンを噛みちぎりながら言う。


「レベル上がったから、今日はもっと強い敵と戦おうか」


「いや、僕らはまだレベル2だよ。ステータスもほとんど変らないし、もう少しジャッカロープでレベルを上げないと」


「うーんそうか。それならもう少し、レベルを上げるか」


「そうそう。せめてジャッカロープくらい簡単に倒せるようにならないと」


 特にタカオは、『花吹雪はなふぶき』という、戦闘に関係が無いスキルを取ったので、ほとんど戦力は変っていない。まあ、便利さに釣られて、生活魔法しか覚えなかった僕も、似たようなものだけど……



 残った朝食を口に詰め込み、タカオが言う。


「じゃあ、今日もジャッカロープ退治で決まりだな。早く行こうぜ」


「ちょっと待ってよ。今日は雨が降っているから、まず雨具を買わないと。それから、また道具屋さんに行きたいな。生活魔法が使えるようになったから、どんな魔法道具があるのか見ておきたいんだ」


「わかったぜ、じゃあ、買い物をしてから狩りに出かけよう。ユーリ、早く飯を喰ってくれ」


 タカオにせかされて僕は朝食を食べきった。そこまで急がなくても、ジャッカロープは逃げないだろう。



 食事を終えると、冒険の準備をして受付にやってきた。


 ギルドの受付係は何人か居るが、若い女性は相変わらずエノーラさんだけだ。タカオはもちろんエノーラさんに話しかける。


「エノーラさん、今日もジャッカロープの討伐依頼を受けにきたぜ」


 ついでに、僕もエノーラさんに質問をする。


「他に薬草採取の依頼とかありますか? ジャッカロープの討伐の依頼をこなしながら、ついでに進めて行きたいと思うのですが」


 僕らが聞くと、エノーラさんが、ちょっと申し訳なさそうに説明する。


「今日は、ジャッカロープの討伐は厳しいと思いますよ。雨の日はあまり巣穴から出てこないので発見が困難です。薬草の買い取りの方は、一年中、行なっております。ただ、あまりお金になりません。子供のお小遣いくらいといった所でしょうか」


 エノーラさんがギルドの黒板を指さす。そこには薬草の買い取り表があるのだが、薬草10本で、銅貨3~5枚くらいが相場らしい。薬草で稼ごうと思うなら、群生地の情報を知っていないと無理そうだ。



 目的のクエストが受けられそうもないので、タカオに相談をする。


「うーん。それじゃあ、今日はどうしようか。エノーラさんに他の討伐クエストを見つけてもらう?」


 僕がそう言うと、エノーラさんが少し驚いた様子で、聞き返してきた。


「今日は一日中、雨の予定ですが、外でお仕事をするつもりですか?」


「ええ、はい。雨だと何か問題でもあるんですか?」


「いえ、よほどお金に困ってない人でない限り、雨の日は休む方がほとんどですので……」


 そう言って、ギルドのレストランの方へ目配めくばせせをする。

 まだ朝の9時くらいなのだが、酒を飲んでいて、かなり出来上がっている人が多い。明らかに、これから出掛ける予定はなさそうだ。



 この様子を見たタカオが僕に言う。


「まあ、俺たちも金に困っているわけじゃないから、今日は休むか」


「いいのかな。そんな調子で……」


「大丈夫だって。戦士には休息は必要だろ。俺はちょっとトイレに行ってくるわ」


 タカオはそう言ってトイレに行ってしまった。僕はエノーラさんに挨拶をして、タカオの後を追いかける。



 僕はトイレの前でタカオを待っている間、女神マグノリア様に電話をかけてみる。ふと、嫌なイメージが、浮かんでしまったからだ。

 電話をかけると、何回かコール音がした後、繋がった。


「どうしましたユウリ。何か問題でもありますか?」


「質問があるのです。僕らはのんびりと異世界を冒険していて良いのでしょうか?」


「ええ構いませんよ。なぜそんな質問をするのでしょう?」


「いえ、僕らがのんびりとしている間にも、魔王軍が暴れて、罪も無き人々が、酷い目に遭っているんじゃないかと……」


「大丈夫です。魔王軍は、些細ささい悪戯いたずらをするくらいですからね。急ぐ必要はありませんよ」



 具体的にどのレベルの酷さなのだろうか? 僕はマグノリア様に聞いてみる。


「些細な悪戯ってどのくらいのレベルなんでしょう?」


「そうですね。例えるなら醤油とソースの入れ物を入れ替えるくらいのイタズラでしょうか。口に入れた時は驚くかもしれませんが、食べ物を粗末そまつにするような、悪質なレベルの悪戯ではありません」


「そ、そんな子供のようなイタズラを……」


「ええ、そうです。純粋な悪意などの酷さでいえば、あなたが元いた世界の方が遙かに酷いですね。この世界の魔王より酷い人物がたくさん居たでしょう」


「……はい、その通りだと思います」


「では、ゆっくりと異世界を堪能たんのうして下さい」


 そう言い残すと、電話が切れた。

 しかし、醤油とソースの入れ替えか…… この世界の魔王は、べつに討伐しなくても良いんじゃないだろうか。

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