第30話 セリカの故郷への里帰り その1 ナンダカレアのアレダ

 ナンダカレア王国のアレダという町。都市といって良いサイズなんだけど、特に思い入れも無い。マフィアをのさばらせてたし、良い印象も無いしね。


 それでも街中で竜化して飛び立つのも何だし、手土産的な何かも持参したかったから、町をぶらつく事にした。が、それがいけなかったらしい。


 市場の果物とか野菜とかをひやかしてた時だった。(エルフには、人間の小洒落こじゃれたお菓子とかよりも、彼らの森では採れないような果物とか野菜とかの方が喜ばれたりするんだそうな。それに菓子詰めとかなら、俺の元の世界ので良いと言われてしまった)


「おい、あいつじゃないか?」

「黒髪に黒い瞳。背丈格好とかからも間違い無い、筈だが」

「ただの少年にしか見えないって情報だったが本当なのか?」

「何か、決して関わってはいけない相手にしか見えないぞ?」


 冒険者らしき四人組にいつの間にか囲まれていた。どれもおっさん。


「何か用?」

 話しかけてみた。


「お前、ポータルって奴か?」

「だったら、どうなのさ?」

「冒険者ギルドのマスターがお前を探してたぞ」

「ここの領主もお前を探してるらしい。どこにも見つからないから、懸賞金までかけられてる。てわけで、一緒についてきてくれないか?」


 別に、盗賊に絡まれるとか、拉致しようとしてきてるわけじゃなく、依頼の一環として探されてたようだ。けど知ったこっちゃない。


「あいにく、こっちには用事が無いんでパス。気が向いたら会いに行くよ」

「お、お前、冒険者ギルドマスターに領主だぞ?会っておいた方が無難だって!」

「あ”?マフィアのさばらせてたギルドと領主が何だって?」


 ぎろ、と睨んだ途端、おっさん達は全員腰を抜かしてしまった。うち二人は股間に染みを作った。


「失せろ」


 おっさん達は激しく首を縦に降りながら、地を這うように遠ざかって行き見えなくなった。


「やれやれ。おっさん達にもてても仕方ねーっての」

「ふーん。じゃあ女の子達にはもてたいんだ?」

「言葉の綾だろそんなの」

「どうだか。ハルキも勇者ヒデキみたいにハーレム作りたいの?大勢の女を侍らせて爛れた生活を送りたいの?」

「俺にはセリカがいてくれればいいよ」

「どうだか。百年も千年も一緒にいたら、飽きちゃうんじゃないの?」

「そんなの、お互い様じゃないのか?そういうの、お互いにどうにかしてくしかないんじゃないのか?人間の夫婦なんて、互いに数十年しか一緒に生きられないのに、半分くらいが離婚するって聞いてるぞ」

「・・・ハルキ、無理してない?」

「何を無理してるって言うんだ?」

「だって、マフィアにつかまって隷従させられてたエルフを拾って、つきまとわれて、だから・・・」

「俺は、この連続ミッションて理不尽さの中で、たった一つ良い事があったとするなら、それはセリカと一緒になれた事だと思う。だから、自分をおとしめるなよ」

「ありがとう、ハルキ・・・。好きよ」

「俺もだよ、セリカ」


 なんて二人の世界を市場の真ん中で繰り広げてたせいだろうか。

 お互いの瞳をまっすぐに見つめ合って、抱き合い、唇を近づけていくと、すぐ側で咳払いが聞こえた。

 無視してセリカとキスし始めると、咳払いが何度も続いたけど、さらに無視してキスし続けた。

 咳払いを連続して続けるのも苦しくなったのか、その誰かさんは声をかけてきた。


「あー、ポータル。その続きはさすがにそこでやらかさない方がいいぞ?」


 元ギルマスにして新ギルマスになったじっさんが、足を絡めてきて止まらない感じになってきたセリカを見て忠告してきた。


 俺はセリカの背中を幾度か叩いてからキスを切り上げると、元ギルマスに応じた。


職場放棄さぼり?」

「バカ言うな。領主様からお前の功績に応えたいと呼び出しを受けてる。会っておいて損は無い筈だぞ」

「要らない。どうしても何かくれるって言うなら、代わりに受け取っておいて」

「まぁ、ドゴンザー一家がため込んでた財宝を手に入れたお前にしてみれば、小遣いにもならん額だろうが今後も冒険者を続けるのなら」

「そんなつもりも予定も無いから」

「そうなのか?もったいないな。最後に会った時からも、とんでもないくらいに成長してるように見えるのに」


 そりゃ、龍神とか、勇者とか、頂いちゃってますから。なんて言えないし。


「気にしないで放っておいて。それがたぶん一番の褒美だから。ていうかそうだな。じっちゃん、口は堅い?」

「この町を救ってくれた恩人の頼みなら、領主に頼まれても口を割らない事を約束しよう」

「んじゃ、ちとこっちへ」


 と人混みから外れた広場の隅へと移動。

 さらに小声で尋ねた。

「エルシュキガルについて、知ってる事があったら教えて。十年単位くらいで古くてもいいから」


 元ギルマスは、それだけで事情を察してくれた。しばし記憶を手繰る沈黙があってから、教えてくれた。


「エルフはどちらかと言えば人と積極的に関わろうとしないからな。人里に降りてきてるのは概してその例外な部類だが、エルフの里の情報としては、そうだな。俺がギルマスになるまでもなってからも辞めてからも復帰してからも、エルシュキガルに関して特に聞いた事は無い」

「そっか。とりあえず便りが無いのは元気な印とか言うしね」

「どこの諺だ、それは」

「ここじゃないどっか。俺の故郷?」

「ジャパン、だったか?まあいい。エルフの動向について気にしてるのなら、知っておいた方がいい事は、ある」


 ぴくり、とセリカの長い耳の端が震えた。

 眼差しが真剣だ。


「とある魔獣が、エルフの里を襲撃して回ってるらしいと噂に聞いた事がある。彼らのプライドからか、人間の町に助けを求めに来たりはしないが、それでも、エルフの冒険者仲間に助けを乞われたいくつかのパーティーが討伐に向かったが、まだ誰も成功していない。どれも全滅したか、半壊して怪我人達だけが戻ってきた。どれも、エルフの仲間がいたらそいつは必ず喰い殺されてたらしい」

「それは、いつ頃の話?」

 セリカが俺と元ギルマスの間に割り込んできて尋ねた。

「エルフの里自体が互いに離ればなれになっているから、一番直近で半年前か」

「知らなかった・・・」

「ドゴンザーお気に入りの魔法使いだったらしいからな、お前は。余計な情報は耳に入れたくなかったんだろう」

「その魔獣の正体は何か分かっているの?」

「今までに見たことが無い相手と、生き残った冒険者達は言っていた。身の丈は10メートルほどもある巨大な猫の様な魔物。そんな巨体で音も無く移動し、木々を自在に上り下りし、枝を足場に飛び回り、さらに透明化のスキルまで持っているらしい」

「そいつは厄介だな」


 姿が見えなければ、ポータルにはめる事も出来ない。音も無く俊敏に忍び寄られるのなら、気付いた時には首をかき切られてもおかしくない。

 自分はもしかしてそれでも死なないのだろうけど、セリカが巻き込まれる可能性があるのなら別だ。


「弱点とかは?」

「特に無いらしい。その毛皮は並大抵の武器や魔法の攻撃を受け流してしまうらしいしな」

「おっけ。ありがと。お礼に、というには変かもだけど、俺からもじっちゃんに一言いいかな?出所は秘匿して欲しいんだけど」

「ゲオルグだ」

「おお、それっぽい名前!んで話ってのはね」

 俺は元ギルマスもといゲオルグの耳元で囁いた。

「この近辺で赤い竜を見かけたって噂を聞いても気にする必要は無いし、討伐する必要も無いからね」

「それは、どういう・・・?」

「秘密♪」


 そして俺はゲオルグさんと別れ、セリカを連れて、かつて寄った防具屋と道具屋、そして一応武器屋にも寄ってみてから町の外に出て、手近な森に入ると、人気の無い方へとしばし走り続けた。


 やがて手頃な広場めいた空間に出ると、セリカに尋ねた。


「方角は分かる?」

「もちろん」

「んじゃ、行こっか」


 俺は竜化すると背中にセリカを乗せて、翼をはためかせて上空へと舞い上がり、セリカの故郷の森エルシュキガルへと向かったのだった。

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