第16話 炎竜ゼオルゲル戦 その5 迎撃と敗北

(※ゼオルゲル視点の章です)


 炎竜ゼオルゲルは、生きるのに飽きていた。

 とうの昔といってもいつ頃からかは覚えていないが、竜族や魔族や人族その他と競い争いあうのにも飽き果てていた。

 だからこそ、絶海の果ての荒れた大陸にそびえ立つ火山に居を構え、ほんの時折、気の向いた方角へと飛び立ち、蹂躙し、相手の財を奪ってきた。使う宛など無い。ただ岩肌を見つめ続けるよりは、誰かの手によって作り出された何か、望まれ生み出されてきた何かに触れて、彼ら短命の者の生に思いを馳せる事が、数十年から数百年のまどろみの間の慰みでもあった。


 侵入者があれば起きるよう魔法はかけてあった。最後に会ったのは血気盛んな人族などの集団に見えたが、炎の数吹きで片が付いてしまい、慌てて逃げ出した連中を見逃してやったくらいだった。

 その情けない連中に比べれば、幽体になってまで偵察してきたあの相手はかなり期待できた。

 その後も、通路入り口や、住処の上下の空間などで何やらごそごそやっているのも分かってはいたが、邪魔するのも無粋と放っておいた。

 この住居に愛着が無い訳ではないが、またふらりとどこかへ飛んで住み着けば、結局は慣れてしまうのだろう。いつ死ぬか、寿命なぞとんと見えてこないのだから。


 山腹の通路出口がほとんど塞がれているのは検知していたが、そこから生き物ではない何かがわらわらと向かってくるのが感じ取れた。

 やがてそれらは住居としている空洞内に現れると、何やら怪しげな光を発しながら、互いの空中での位置を入れ替え並び替えつつ、線か模様か何かを描いているようにも見えた。


「面妖な。魔法の力も精霊の働きも感じない。異なることわりで動いておるのか?ふふ、楽しませてくれるではないか?」


 四枚の小さな羽の様な物を回転させながら飛翔する物体。それらが描く光の線が言葉なのではないかとセオルゲルが一層の興をそそられた時、足下から何かが流れ出るような、さああああっという音があちこちから聞こえてきていた。


 ふと視線を下げて周囲を見渡してみれば、絨毯代わりにでも敷き詰めていた金銀財宝の数々が、床下のどこかへと吸い込まれ消え始めていた。


「ぬう、いつから?しかしただの盗人の所行ではなかろう?これは陽動か?」


 床下に攻撃しようと思えば出来た。が、その為には貯め込んだ財を犠牲にする必要があり、まだそこまでする必要は無いと判断したのだが、頭上の出入り口の方から溶岩がどうっと、流れ落ちてきていた。


「いろいろ小細工を弄してくれる!この溶岩で我が死ぬとは思っていなかろう?」


 溶岩で財宝が溶け落ちる事はすでに覚悟した。奇っ怪な飛翔体はまだ飛び回っているが無視だ。あれらは気を引く為だけの存在。どこからだ。どこから本命が来る?


 上下左右くまなく注意を払っていたセオルゲルだったが、足下から爆音が連続して轟き、崩落し始めれば、いったん足下に視線を向けつつ、上空へ飛び立つ為に翼を広げ、舞い上がるのは、避けられない脊髄反射的な行動だった。


「であればこそ、そこだ!」


 ゼオルゲルが背後、天井の方へと首と顔を巡らせると、いた。

 幽体になってまで偵察しに来ていたであろうその当人が、おそらく数万年を生きたであろうセオルゲルも見た事も聞いた事も無い、青く縁取られた光の輪に乗りながら、空中を滑るように迫ってきていた。


 ゼオルゲルは、炎竜だ。だからこそ、やはり本能的に、一番頼れる攻撃手段として、ほんの挨拶代わりにでも、竜の吐息ドラゴン・ブレスを吐こうとした。どんな相手でもほぼ一撃で勝負を決めてきた一手だ。


 自分が口を開きブレスを放つ時、相手は決まって死を覚悟する表情を浮かべたものだ。それは大昔には楽しみの一つではあったが、もう飽き果ててしまった娯楽の一つでもあった。

 しかしこの相手は違った。

 自殺願望ではなく、期待と、こちらがあちらの望み通りの行動を起こしてくれたという喜びに満ちあふれ、その唇が小声で唱えた。


「ポータル」


 それが何を意味するのか、はっきりとは知らなかったが、喉を駆け上がってくるブレスの出口。咽頭を塞ぐような何かが現れ、そこからほんの僅かな液体が放り込まれて、ブレスと接触した瞬間、放たれる筈だったエネルギーが喉元で炸裂した。


 認識できたのは、頭部が首から吹き飛ばされて天井に突き刺さり、長い喉はあちこちが内側から千切られて原型を留めておらず、胴体も特に上半身は酷い有様になって落下していき、崩落した先に待ちかまえていた溶岩の海に落ちていったが、先ほどの人族の少年が慌てて追っていって、おそらくアイテムボックスに類する能力で収納してしまった。


 それから彼は続けて火口の方から流れおちてきた溶岩の方もせき止め、財宝への被害を最小限に抑えると、ようやっと天井に突き刺さったままの我の元に来た。


「収納っ、て、あれ、入らない。てことはまだ生きてる?」


「まだ生きておる。そう長くは保たないだろうがな。お主の名を聞かせろ?」


「教えたら呪いとかかけられないよね?」


「かけん。知りもしないし、やった事もない」


「小川春樹、だよ」


「幼いの。まだ子供ではないか」


「うん。自分の世界でもまだ子供扱いだよ。成人は20歳から。自分まだ13歳だし」


「見事な手並みであったが、なぜお主の様な者が一人で?我を倒したあれは何だったのだ?」


「どうしてかって言われると、俺も困るね。いきなり巻き込まれた口だから。何って言われると、ニトログリセリン?喉を塞いでたのは、俺のポータルだけど」


「ポータル?」


「そう。基本的には、片方から入れて、片方から出すってだけ。貯蔵庫に入ってる物を任意に選んで出せもする。今回は、その出す方ので咽頭を塞いで、爆発する危険物をどんぴしゃのタイミングで放り込めた感じ」


「ふふふ、そうだったのか。最大の攻撃をするタイミングが最大の隙だと分かってはいたが、こうまで見事にやり遂げられたのは初めてよ。今までも似たような事を狙ってきた敵はいたが、全て意図を遂げられず、我がブレスの前に塵となって消滅していった」


「まー、運が良かったんだよ、きっと」


「そういえば、あの飛翔体の群もお主の物であろう?あれらは空中に文字か言葉を描いていたのではなかったか?どんな意味だったのだ?」


「あー、うん。言わないでおくよ。きっとその方がいい」


「くくく、きっと間抜けとか阿呆とかの類であったのだな。ふはは、数万年の時を生きた我が13歳の子供に敗れるのだ。これ以上ないくらいふさわしい言葉であろう」


 少年は、ふと、優しげで、苦しげな表情を浮かべて謝ってきた。


「ごめんね。なんか、なんもわかってないのにいきなり押し掛けて財宝奪って殺しちゃって」


「憐憫は不要だ。我も似たような事をずっとしてきた」


「あ、そうなんだ。なら気にしなくていいのか」


 さっきまでの表情はくるりと消え失せ、子供らしい残酷な表情を浮かべて彼は尋ねてきた。


「ねぇねぇ、数万年を生きてきたってくらいだから、いろんな事を知ってるんじゃないの?竜族とか魔族とか人族の歴史や、他にも魔法についてとかも?」


「数十年から数百年の時をまどろみつつの数万年だからの。人のような短い生を生きている者達に有用な記憶は少ないかも知れんな。魔法についても、ほとんど覚える必要が無かった為に、手慰み程度だ」


「まぁ、それでもいいや。きっとこれからの他のミッションの役に立つだろうから」


 少年は、私の横顔に手を触れながら尋ねてきた。


「何か、最期に言い残しておきたい事はある?」


「・・・そうだな。お主、一人ではなく、仲間がいるであろう?」


「え、ああ、うん、いるけど?」


「その者は魔法使いか?炎を扱う者か?」


「うん、たまたまかも知れないけど、そうだよ」


「ここに連れて来れるか?」


「いいけど、まだ保つ?」


「数分程度であれば、問題無かろう」


「て、けっこう急ぎじゃんそれ!ポータル」


 少年は虚空に、赤い光に縁取られた虚空を設置したかと思うと、その先には小さな石室があり、そこには不安そうな表情で彼を待っていたのだろうエルフの少女がいた。

「ハルキ!無事だったのね!」

「ああ、いったんそっち行くからちょっと待って。長くなる話は後で!」

 そうして少年が赤い光の内側へと消えると、彼が足場にしていた青い光の円も、先ほど開いた赤い光の円も消え失せた。


 しばし待つと空洞の壁の一隅が崩れて二人が姿を表し、先ほどと同じように青い光に縁取られた円を出して足場にすると、二人揃って乗ってこちらへと戻ってきた。


「それで、連れてきたけど、最期の一言って?」

「少年よ。お主がやろうとしている事は、お主の言葉から伺い知れた。それは好きにするが良い。そこなエルフの少女よ。私に触れ、私に祈れ。さすれば我の加護をそなたに与える事が叶おう」

「そ、それは、龍神の加護?!」

「好きに呼べば良い。さあ、残された時間は少ないぞ?」

「は、はいっ!」


 そして二人の乗った光の円が一層私に近付き、少女が私に両手をついて祈った。


「良かろう。セリクァ。龍神ゼオルゲルの名において、炎竜の加護をそなたに授ける」


 この加護を最期に与えたのはいつの事だったか。誰が相手だったか。今ではもう朦朧とした記憶の彼方だった。


「済んだ。少年よ。後は好きにしろ」


「うん、ありがとう、ゼオルゲルさん。お達者で」


 お達者というのがこれから死ぬ者に対して適切な言葉かどうかは知らなかった。


 彼が両手を自分に触れて、「自分にとって都合が良い何かを全てポータル飛ばせ」と言っていた意味がわからなかった。ただ、すぐに自分の意識の内側にあった記憶やら知識やら、龍神として与えられた特別な何かまでごっそりと彼に移植されたのを感じ取り、これで心おきなく逝ける、と安堵し、眠りではなく意識が永遠に途切れたのを感じた。


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