ポータル I/O

@nanasinonaoto

第1話 転移と最初の訓練

 小川春樹、13歳。男。

 全国どこにでもいる、もうすぐ中2になるだけのその他大勢の一人。

窓の外の町並みには桜並木の桃色がそこかしこに覗いて、ようやく春めいたやや暖かな空気が開けた窓から流れ込んでくる。

 春休みは良い。宿題も無く、部活にも入ってないから強制的な予定も入れられてない。ゲームをしてまどろんで食べて寝て起きてみたいな至上の生活をしている。筈だった。


 ほんの一瞬前までは。


 ふああ、とのんきなあくびをして、気がついてみれば、目の前は見慣れた部屋の様子から、どことも知れない森の中に変わっていた。


「うそ・・・?」


 腰掛けていた筈のベッドはごつごつした木の根になってた。慌ててぐるりと見渡してみれば、ついさっきまで窓の外に広がってた町並みは消え失せ、どこまでも薄暗い森が広がっていた。

 頬をつねってみた。痛い。

 手近な木の幹に頭を打ち付けてみた。やっぱり痛い。


「夢じゃ、ない、のか?」


 もうすぐ中二を迎える頃とあって、アニメ漫画ラノベの辺りもそれなりにたしなんでいて、その中には異世界転生とか転移とかいうジャンルもありはした。けど・・・


「いや、まじ、望んでなかったし。もっと大きなお兄さんとかおじさん達が心待ちにしてるだろうから、代わってあげて?」


 誰にともなくつぶやいた筈の戯れ言だった。


<他の誰かと代わる事はできません>


「誰?!」


 慌てて360度見渡しても、頭上や足下まで見てみても、誰もいなかった。


<私の事はヘルプ機能とでもお呼び下さい>


 声は頭の中に直接響いてきた。

 そもそもの状況からしてありえない理不尽なものだったので、とりあえず質問してみた。


「えーと、ヘルプ機能さん?ここはどこ?あなたは誰?てか戻れるのここから?」


<ここは、あなたがいたのとは違う世界。私はヘルプ機能。戻れるかどうかは、あなた次第です>


「俺次第ってなんだよ?どうしてこんなとこに連れてきたんだよ?!」


<あなたがどうしてここに連れてこられたのか。それは与えられたミッションを果たす為です>


「そのミッションを果たせば戻れるのか?」


<それもあなた次第です>


「だから何なんだよ俺次第って!どうして俺だったんだよ?」


<それはまだ開示できない情報です>


「どうしてもか?ミッションてのをクリアすれば開示されるのか?」


<可能性はあります。今言えるのは、こちらに来た時のあなたには使える力があるという事と、その力を使いこなせなければ、ミッションを果たせず、戻れもせずに死ぬという事だけです>


「死ぬ?病気で?それとも誰かに殺されるのか?もしかしてモンスターとか?!」


 確かにテレビで見るジャングルばりにいろんな鳥とかそれ以外の生き物のものらしい鳴き声とかはあちこちから聞こえてはきていた。


<あなたを見つければ積極的に攻撃し摂食しようとしてくる動物や魔物はこの森の中に散在しています。早々にあなたの力を使いこなす事を強くお勧めします>


「まだ中二になってないけど中二ぽいけど、なんだよその力って」


 ちょっとだけわくわくしたのも事実だけど、それ以上に見知らぬ場所で殺されるかも知れないって事実に膝ががくがくと震えていた。


<まずは唱えてみて下さい。ポータル、と>


「? ポータル」


 なんとなく右手を前につきだして唱えてみると、手の平の少しだけ先に赤色に縁取られた虚空?が現れた。


 現れた虚空の大きさは、俺の握り拳よりもちょっと大きいくらいだろうか。手を離してもポータルはそこに留まっていた。


「これ何だよ?こんなのが力なのか?」


<もう一度ポータルと唱えて下さい>


「ポータル?」


 今度は左手の先に、青く縁取られた虚空が現れた。


「で、これが何だっての?」


<最初に出したポータルに手を差し入れてみて下さい>


「手を入れたら閉じて右手をさようならとか無いだろうな?」


<ありません。あなたがそう望まない限り>


「って、そんなの望むわけねーだろ」


 ぼやきながらも、最初に出したポータルにおそるおそる右手を差し入れてみた。すると、次に出したポータルの先から右手が出てきた!


「うわっ!何これ!?きしょっ!?」


<それがあなたの力です。被験者>


「ひけんしゃ?なにそれ?」


<今は気にする必要はありません。手を抜いてから、赤い方のポータルを消してみて下さい>


 左手の位置は特に気にしてなかったので、自分に向かって、虚空から右手が伸ばされてる絵面はシュールだった。左手で触ってみると、ちゃんと自分の右手に触られた感触があったけど、なんかぞわりと来た。


 右手を抜いてからポータルと唱えると、最初に出現した赤い方のポータルが消えた。


<今の位置から三歩くらい離れてから再びポータルと唱えてみて下さい>


 抗議しても意味は無さそうなので従ってみると、さっき出した青い方はそのままで、赤いポータルが移動した先で出てきた。手の平の角度でポータルの面の角度も調整できるらしい事を確認した。


「それで?」


<足下の石を赤いポータルの方に投げ込んでみて下さい>


「ふーん?」


 特に深くは考えずに、足下にあった石ころを投げ込んでみると、青い方からその勢いのまま飛び出してきて、地面に落ちた。


「えっと、これって・・・」


<次は、木の枝を赤いポータルに振り下ろしてみて下さい>


 やばい。

 なんかわくわくが止まらなくなってきてる!


 見回せばいくらでも落ちてる手頃な木の枝を、ポータルに向かって振り下ろす。ポータルを通過した時に枝の先端は青い方から出て、通過し終わると共に元の状態に戻っていた。

 突き入れた場合は、突き入れた分だけの長さがもう片方から出てきていた。ただ、枝の真ん中辺りをポータルに通過させた場合、その通過させた部分だけがもう片方から出てきて、物理的にはあり得ない感じなんだけど、ポータルを過ぎれば元のつながった状態に戻っていた。


 蹴りをポータルに放ってみれば、ちゃんと蹴り入れたつま先だけがもう片方から出て、引っ込めたら元に戻った。戻ったというか、足が分断されたような感触は無いんだけどね。


「んーと、これで戦うっていうこと?」


<はい>


「何と戦うの?負けたら殺されちゃうの?コンティニューは無し?死んだら戻れるとか無い?」


<戦うのはこの森の魔物。負けたら殺されるでしょう。コンティニューはありません。死んだら戻れるとかもありません>


「・・・いまさらじたばたわめいても何も変わらないんだろうけどさ」


<慧眼ですね。その通りです>


「ちゃんと、勝てる相手が出てくるんだよね?あのポータルっつうスキル?で?」


<あなた次第です>


「ちなみに、さ。使ったら使っただけスキルの能力っていうの、上がったりするの?」


<段階的に、上がるでしょう>


「モンスターが現れるまでの時間てか猶予っての、あるの?」


<あと一時間足らずで現れます。宣告しておきますが、ただ逃げようとしても決して成功せず、そのまま殺されるでしょう>


 親切なことに、視界の左上端には、1:00:00から59:59て感じのカウントダウンが、視界の右下端には、「ポータル レベル1」表示が現れた。


 俺は勝手に、現れるのがゴブリンくらいだろうと思いこんで精神の平衡を保った。

 ポータルを使いこなす事。それだけが生き残る道だと感じられた。試す事は無限にあった。


 最初に出ていた青いポータルは消えていた。後から出した赤いポータルもしばらく放っておいたら消えた。今度はカウントダウンに併せて出してみて、きっかり90秒で消える事を把握した。


「次は、方向だな」


 一番単純なポータルの使い方は、受けて、返す事だと想像できた。

 赤いポータルは外側に向けて、青いポータルも外側に向けて。相手の攻撃をそのまま返す。そんな脳内シミュレーションに従ったポータルのセットを何度も現出させては消失させていった。

 そんな感じに10分間を費やすと、トランペットの音的なファンファーレがぱっぱらっぱーと脳内に鳴り響いた。いや俺、吹奏楽器の音の種類なんて聴いただけでわかるわけねーし。


 画面右下端を確かめると、「ポータル レベル2」の表示に変わっていた。試しにポータルと唱えてみると、さっきまでの10cmくらいの直径が2倍くらいに大きくなった赤い光に縁取られた虚空が現れていた。消えるまでは100秒だった。


 一回ごとにMPが減る的な頭痛が増すみたいな感覚は無かったので、とりあえず連続でポータルポータルポータルと唱え続けてみた。

 レベルが上がるほどに次のレベルには上がりにくくなるなら、同じ頻度で使ってたら次のレベルには達しないまま戦闘を迎えると思ったのだ。


 ひたすらにポータルポータルポータルポータルポータと唱え続けてて、はたと気付いた。

 敵が一体と誰が決めた?、と。

 複数、2ー3体くらい出てきても全然おかしくない。ここで期待を持たせてから殺すなら、5体とか10体とか出てきても全然不思議じゃなかった。


「ただ、さ。一体の賢い奴をじっくり相手にするよりは、あんまり賢くない奴を複数相手にする方が楽じゃね?」


 とも気付いた。そして脱力感や頭痛とかが感じられないのを良い事に、ひたすら早口に唱え続けて、25分を過ぎる頃にはレベル3に、50分を過ぎる頃にはレベル4になっていた。

 持続時間は120→130秒に。大きさは、30cm定規ぴったりくらいから、さらに10cmくらい広がった。てことで、スキルレベルが1上がるごとに、大きさ+10cm、持続時間に+10秒。出せる距離も、手のひらから10cmくらいずつ遠くに出せる事がほぼ確定した。



 ずっとさえずり続けてた俺は、地面にへたり込んで残り10分を休憩と戦略にあてる事にした。

 んで、地面に手をついてる状態で唱えてみるとどうなるんだろと試してみた。


「ポータル」


 右手の先にある地面がごっそりと、バスケットボールよりかなり大き目の球状にえぐれていた。左手を背後に向けてから、


「ポータル」


 と唱えると、えぐられたであろう土の固まりが背後に現れて地面に落ちた。

 ポータルと連続で唱えて両方消してから、一番近くにあった木の幹に触れて、ポータルと唱えてみた。俺の胴体くらいの厚みがあった木の幹はえぐれて、ばきばきと倒れていった。


「これで、勝つる!」


 驕りでも何でもない、確信だった。

 残り5分くらいになってたけど、どう備えるのが異一番有利そうか、いろいろ考えながら試行錯誤して、カウントダウンから1時間後に現れたのは、五匹のゴブリン。一体は他のよりは頭一つは高くて、鉄製らしき剣を持ったリーダーらしき存在だった。


 俺は、ついてる。そう思わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る