救われた人は

白野 音

貴様は選ばれた

 テーブルの上に置いてあったタバコとライターを取り、ベランダに出る。僕はこの仕事前の朝の一服が習慣となっている。このタバコ、少し効きが弱くなったなと思いながら今日は一本だけ吸った。もう少し効くやつを次は買おうかな、なんて考えながら。

 正直タバコなんて吸いたいとは思わなかった。学校では悪いもの扱いで良いところなんか一切紹介していない、そんなもんだった。大学の飲み会で無理やり吸わされ、その後も先輩に無理やり吸わされたからこうやって習慣づいてしまった。ほんとに皮肉なもんだ。

 煙を吐いて、部屋に入ろうとすると1人の女性がいた。

 腰には長い剣、そしてそこまでかかる綺麗な銀髪。太陽光で輝きを放つ青い鎧は無駄のない装飾が施されている。見ても価値なんか分からないけどすごいのは確かだ。ずっと見ていたくなる。ただ。

「あの、自分の家なんですけど」

「それがどうした」

「いや、あの……え??」僕は理解が追いつかなかった。なんのコスプレイヤーなのか分からないけど、会場だと間違えるほど広くもない。ただのマンションの一室だぞ。酔っぱらって自分の部屋だと思い込んでるのだろうか。

「酔ってますか?」

「人間風情が調子に乗るな!」

「は、はい!え…どうなって……」

「本題に入るぞ。貴様は選ばれた」

「いやあの、選ばれたって言われましてもなにがなんだか……」

「エインフェリアだ」

「へ?」

「エインフェリアだと言っている!」

「いや、エインフェリアってあの…?」

「そうだ」

 そうだと言われても……。エインフェリアはなんかのゲームで出てきた名前だ。確か神の世界が危険になってるから素晴らしい功績を残した者の魂を神の世界に送って、みたいなゲームだったような。それを選ぶ存在を確かヴァルキリーと呼ばれていた気がする。

「その前に貴女は誰なんですか?」

「言わなかったか? 私は死者を選定するもの。戦乙女ヴァルキュリアだ。まあワルキューレと呼ぶ者もいる。そして我が名はレギンレイヴ。」

「なるほど……」

 え、本物??でも酔っぱらいではなさそうだ。背筋がしゃんと伸びているし、口調もハキハキとしている。一体なんなんだ。

「私のことが分かったな。なら死ね!」

「ちょっ!…あっ!!」ヴァルキュリアが剣を抜き、横に一文字を描く。左にあった棚はもう既に壊れていて、右にあったテレビは横に真っ二つだ。本物だったのか、あの長剣は。

「危ないじゃないですか!!」

「なぜ避ける」

「避けちゃダメなんですか!?」

「貴様はエインフェリアを知ってるんじゃなかったのか?」

「いやまあ知ってはいますけど……。詳しく説明してほしいなぁと言いますか。」

「仕方ない。説明してやる」はぁ、と面倒そうに息を吐くと近くのソファに腰かける。

「現状神界は大変なことになっている。ロキが寝返り、敵のヘルの軍勢に手を貸して強大さが増してしまった。そこで我が主、オーディン様から命を受けた。新しい傭兵を入手せよとのこと。」

 ロキって誰? オーディンが直々に命令して傭兵をってのは分かったけど。

「ヴァルキュリア様、質問いいですか?」

「なんだ」

「なんで僕なんかが選ばれたんですか?」

「軍師がほしくてな。戦士はもう手に入れた」

「軍師ですか……?」

「ああ、私が軍師まで育て上げると言った方が正しい。貴様はその才能がある。戦士を手に入れたとは言ったが、それも今は戦士ではない。じぇーけーと言ったか、よく分からないが」

え? JKを戦士に仕立てあげるの?? このヴァルキュリア様大丈夫???

「まあそんなわけだ」

「え、で、今死ねと?」

「そうだ」

「お願いがあるのですが…」

「言ってみろ」

「僕は今とても大きなビッグビジネスに取り組んでいます。それは会社でなんですけど。それをやりきることで僕にとっていい経験値になると思うんです」

「それで」

「それでそのビッグビジネスが明日までので明日まで待ってもらえませんか」

「神界は一刻を争う状況だ」

「そこをどうにか!! お願いします!!」

「…なら…捧げるか?」

「え?」

「それなら満足して死を捧げるかと聞いている!!」

「え…はい!」


 では私は行く、そう言って姿が見えなくなってしまった。全くおかしな話だ。幻覚を見ているのだろうか。

 結局、大きなプロジェクトをやっているというのに会社には遅刻した。

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救われた人は 白野 音 @Hiai237

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