第54話 恋人たちの年の瀬 2

 外に出ると空気が先ほどよりも冷たくなっていた。

 吐く息は白くはないけれど澄んでいて、凛とした冬の冷たさに体がふるりと震える。


 それでもつないだ手の平から感じる温もりに、心がぽかぽかする。

 きゅっと合わさった手は、最初の頃の緊張がうそのよう。


「もうすぐクリスマスっていうのが信じられないです」

 季節の移り変わりが早くてたまに目が回りそうになってしまう。

「ほんとうだね。けど、楽しみだな。今年は美咲と一緒に過ごせるから」


 のんびりと外を歩きながらする他愛もない話。

 二人で過ごす時間を積み重ねて、特別なことを話題にしなくてもいいことを知った。ふわりと心の中に落ちてきた言葉を口にする。すると隣の男性が返してくれる。


「月並みですけど、ケーキが食べたいです」

「ケーキか。美咲はどんなケーキが好き?」


 航平から聞かれた美咲はぼんやりと毎年のクリスマスを思い浮かべる。クリスマスとはいえ平日なので、普通に出勤をする日々だった。特別に何かをするなんてこと、社会人になってからはあまり、いやまったく無かった。


 それでも、実家暮らしの頃は家に帰ると父親がケーキを買ってきてくれていた。ふわふわの生クリームの上に赤い苺の乗ったショートケーキだ。


「そうですね……。クリスマスといえばショートケーキかも、です」

「なるほど。じゃあ美味しいショートケーキを買わないと。予約をしたほうがいいのかな」

「そんな気を使わなくても大丈夫ですよ」

「今年のクリスマスは平日だけど、仕事は絶対に早く終わらせるから。楽しみにしておいて」


 美咲が隣を見上げると、彼はにこりと微笑んだ。確信的な笑みだ。きっと何かを企んでいるに違いない。


 なにか、胸がむずむずとし始めて、意味もなく体を動かしたくなった。


 クリスマスに男性と過ごすことが初めてで。だから美咲としては航平と一緒にいられるだけで幸せなのだ。今だって、こうしてイベントごとに一緒に参加をして、ご飯を食べて、そのあと彼氏の住む部屋に帰るという以前の美咲では考えられないことをしている。


 美咲は今とても幸せを感じている。

 隣でぎゅっと手を繋ぐ航平のぬくもりは、まるで美咲の心自体を包み込むようでもあって、彼の優しい眼差しに後押しをされて、素直に心の内を外に出してみようという気にさせてくれる。


「わたしも、楽しみ、です。航平さんと、一緒にクリスマスを過ごすの、楽しみです」


 少したどたどしくなってしまったけれど、きちんと言い切ることが出来た。

 少し直球過ぎたかな。なんだか少女漫画のヒロインのような台詞を吐いてしまい、急激に体温が上昇した。


「俺も。とっても、楽しみ。美咲と一緒に過ごせて。これからは毎年クリスマスを一緒に過ごせるんだね」

「そうですね。クリスマスのあとはお正月ですね」

「そのあとは、バレンタインもあるね。俺、今年は美咲から本命チョコが欲しい」

「はい。心を込めて準備しますね」

「春になったらお花見に行くのもいいね。少し遠出をするのも楽しそうだし、温泉も一緒に行きたいな」


 二人でこの先の季節にやりたいこと、行きたいところを上げながら帰り道を歩いた。

 航平と一緒ならどこでも楽しい。来年のクリスマスは家で一緒にチキンを焼くのも楽しいかもしれない。ケーキ作りはハードルが高いけれど、前にテレビで観た一羽まるっとチキンを焼くのも楽しそう。


「わたし、いまとても幸せです」

「俺も」


 互いにくすくすと笑い合い、同じ場所へと帰る。ああ、いいなあと思う。外は寒いのに、冷たい空気もなんのそのだ。


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