【番外編】わたしの処女をもらってもらったその後。【書籍発売中&コミカライズ連載中】

高岡未来@9/24黒狼王新刊発売

番外編

第49話 更科課長は見た! 1

 それは何度目かに忽那さんが日比谷のオフィスを訪れた時のことだった。


 彼が訪れた時、ちょうどわたしは真野さんと一緒に話をしていたところだった。

 すでに幾度もこのオフィスを訪れている忽那さんと彼の部下は勝手知ったる体でオフィス内を闊歩する。


「これ、どうぞ。皆さんで」


 忽那さんが持っていた紙袋をわたしたちの前に差し出した。

 和菓子だな、とわたしはあたりをつける。


「ありがとうございます」

 わたしの隣にいる真野さんが受け取り、丁寧にお礼を言った。


「どら焼きなんだけど、若い子はやっぱりチョコレートとかの方がよかったのかな?」


 若い子じゃなくてもチョコレートなら嬉しいですよ、なんて四十過ぎたわたしが心の中で突っ込んでみた。


「そんなことありません。わたし、どら焼き好きですよ」


 さすがは真野さん。卒のない返答ぶりにわたしは隣でうんうんと頷いておいた。決してチョコレートでも構いませんよ、とか思っていない。メゾンドショコラのボンボンショコラ箱買いしてきてくれて構いませんとか思ってはいないし顔にも出していない。


「そっか。真野さん、どら焼き好きなんだ」


 あれ。


 なんか、忽那さんの顔が変わった。ほんの少しだけ照れが混じって、真野さんをじっと見つめて。けれどもすぐに元の表情に変わってしまったから、これに気が付いたのはわたしだけかもしれない。


「課長、ミーティングルーム準備できていますよ」

「いつも悪いね、真野さん」


 真野さんは控えめに微笑み、忽那さんたちを予約してあるミーティングルームへ案内するために歩き出した。


 いつもと変わらない真野さんに対して、なんとなく忽那さんの顔が明るいような気がする。

 気のせいかな。気のせいか。


 なんてそのときわたしは思っていたんだけど、次に忽那さんがやってきたとき手土産がどら焼きだったことであのときの忽那さんが見せたちょっとはにかんだ顔を思い出してしまった。


 真野さんがどら焼き好きだって言っていたもんね。

 いや、あれ社交辞令ですけどね。


 あれを真に受けて次もどら焼きって。え、ちょっと待って。かなりわかりやす過ぎじゃない?


 あ、でもあの時のやり取り知っているのわたしだけだからこのことに気が付いたのはわたしだけなのか。


 今回もどら焼きを真野さんに手渡した忽那さん。

 さりげなくどら焼きを買ってきたお店が違っている。うさぎ模様の紙袋は、何度か手土産で貰ったことのある下町の人気店のもの。この辺りのサラリーマンなら手堅い手土産の定番らしく、人は違うけどわたしも何度か貰ったことがある。


「わざわざありがとうございます」

 真野さんは今回も丁寧にお礼を言っている。

「ここのどら焼き、美味しいって評判らしいんだ」

「そうなんですね。気を使っていただきありがとうございます」


 どら焼きアピールを華麗にスルーする真野さんだけれど、忽那さんはじっと彼女を見つめたまま。


 はい。決定。

 これは確実だわ。この人、絶対に真野さん狙いだわ。


 まったく。いつの間に真野さんを見初めたんだか。


「あ。忽那さんだぁ。いつも美味しいお菓子ありがとうございますぅ」


 二人の間に隣の課の鈴木さんが割って入った。すると忽那さんに同行していた彼の部下がデレッと鼻の下を伸ばした。鈴木さん、部下のことは華麗にスルー。


「いいえ。皆さんでどうぞ」


 忽那さんは鈴木さんの甘えた声に動じた様子もなく、さらりと返事をして真野さんに視線を戻した。


「今日はミーティングルーム二なんです」


 案内しますね、と真野さんが歩き出すと忽那さんは口元をほころばせて一緒に歩き出した。


 いや、あなたこのオフィスのミーティングルーム全部知ってますよね。わざわざうちの子に案内させようとするなや。


 まったく、うちの秘蔵っ子にいつの間にかでっかい虫が付いちゃったじゃないの。

 けれど、真野さんは手ごわいわよ。


 ふふん、とわたしは不敵な笑みを忽那さんの背中に向かって送ったのだった。

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