第26話 放課後、唐突に

 さて、今日も授業だ。

 午前と午後に別れ、しかも滞在時間はそれなりに長い。


 最初は戸惑っていたリリアンネの突然の来訪だけど、正直、今日は勝手にでも来てほしいくらいだ。

 あー、これやっぱり完全に好きだわ、俺。リリアンネのこと。


 ぽけーとした気分で、俺は教室の席に座る。当然、最前列の中央だ。


「おはよ、勇太」

「おっ……。おはよ、礼香」


 と、そこに礼香が来た。ボーッとしていた俺は、気づくのがいつもより遅れていた。


「どしたの、ボーッとして?」

「ん、ちょっとな。何でもないから、気にしないでくれ」

「はいはい」


 ほっ、なんとかごまかせたようだ。

 直後に君島先生も入ってきて、教室は一瞬で授業ムードになる。


「おう、おはよう武士道」

「士道です!」

「はいはい。それじゃ、授業始めっぞー」


 リリアンネと一緒にいたい願望はあったが、とりあえず俺はいつも通りに授業を受けていた。


     ***


 それからは、昨日と一緒だ。

 昼食をとってしばらく休んで、それから4限を受けて……それで終わりだった。


 いつものように、俺は帰路につく。今日は特にシフトを入れていない、リリアンネが待つ家に直行だ。

 ……そのはず、だった。


「ねえ、勇太。ちょっといい?」

「ん、ああ」


 礼香に呼び止められる。何の用だろうか?


「話したいことがあるの。散歩しながら、ゆっくり。どう?」

「うーん……」


 幼馴染である礼香が、真剣そうな表情で悩んでいる。相談に乗ってほしいんだろう。俺の中では、乗ることを決めている。

 ただ、リリアンネを待たせているのもある。どうしたものか……。


 一瞬迷った末に、結論を出した。


「ちょっとリリアンネに電話させろ。それからなら聞いてやる」

「ありがと」


 礼香のお礼を聞くのもそこそこに、俺はスマホに自宅の電話番号を打ち込む。

 留守番していれば、出てくれるはずだ。


「もしもしー?」


 ほっ、よかった。すぐ出てくれた。


「もしもし、リリアンネか。悪いが、ちょっと用事が入っちまった。晩ご飯作るの遅くなる」

「はーい」


 それだけ言って、通話を終えた。

 必要な連絡はこれで十分だ。


「それじゃ、礼香。行くぞ」

「うん」


 俺たちはぼちぼち、散歩を始める。

 見慣れた幕浪の、首都圏――ではあるが地方――らしい、混みすぎていないビル群を通り抜けていった。

 無機質な眺めだが、俺にとっては妙に落ち着く。サラリーマンなどが通勤に通る、ただそれだけの風情に乏しい場所で……いやだからこそ、ときどき通りたくなるんだ。


 礼香も最初は歩くだけなのか、まだ本題を切り出そうとはしない。

 やがてビル群を抜け、超大型ショッピングモールが見えるあたりで、俺たちは足を止める。そして、ゆっくりと話を切り出してきた。


「ねえ、勇太」

「なんだ」


 やっと本題……といったところか。

 歩きながらとは言いつつ、礼香は礼香で覚悟を決めていたのだろう。


 ならば聞くだけだ。それも、礼香から言い出す言葉を、じっと聞き取るだけだ。

 俺も聞き届ける心の準備を終えると、タイミングを計ったように礼香が話しだした。


「大学、終わったらさ。一日だけ、買い物に付き合ってほしいな」

「……」


 俺は、すぐには答えかねた。

 礼香のお願いは、暗にデートを意味しているからだ。


 幼馴染のよしみだ、断るつもりはない。

 だが、俺を好きになってくれているリリアンネを裏切るかもしれないことは、安易に言えない。今頃になって、リリアンネの『覚悟だけはしときなよ』という言葉が思い起こされる。


 ……さて、どうしたものか。

 リリアンネも、礼香も、俺は決して裏切りたくはない。




 俺はしばし迷った結果、決断を下して礼香に話した。

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