第20話 温かい夜

 その後。

 何とかしてリリアンネに服を着せた俺ではあったが、モーレツに抱きつかれていた。


「ねーねーゆーたぁ、今日も一緒にねよーよぉ」

「わかった、寝るから寝るから! ちょっといったん離れろ!」

「やーだー、ゆーたと離れたくないのー」


 こいつ、なんつー駄々っ子だ! しかも振りほどけないぞ、力強いのはホントだったんだな!


 もがいているのも意に介さず、リリアンネは俺を抱きしめたままベッドまで運ぶ。


「うわっ!」


 そのままベッドの上に、押し倒されてしまった。

 ここまで積極的だったとは、俺の予想以上だった。


 エロゲーで見たことがある展開だが、男女が逆なのは珍しかった。このまま人前では言えない展開に持っていく、それがよくある流れだ。


「それじゃ、いっしょに寝よっか。ゆーた」


 だが、幸か不幸か、リリアンネはそんな様子がなかった。

 ひとまず俺は安心しつつ――しかし、どこかおあずけを食った気分になった。


「あ、ああ」


 俺が頷くや否や、リリアンネはふたたび俺を抱きしめる。

 今度は力がそんなに入っておらず、包み込むような抱きしめ方だ。


 こうしてリリアンネに抱きしめられていると、どこか安心する。俺がまだ小さい頃、母さんに抱きしめてもらったのと同じようだ。母さん、まだ生きてるけど。元気だけど。

 とにかく、そんな感じの懐かしさも感じる。


 ……さて。体を横にして抱きあっている俺たちは、互いの顔を間近でのぞき込んでいる状態だ。

 何度見ても、リリアンネの表情にドキドキしてしまう。


「ん、ゆーた。私の顔じっと見てるけど、もしかしてキスしたいの?」

「ッ!?」


 いきなりすぎて驚いてしまった。こんな夜でも、リリアンネは相変わらずだ。

 俺はリリアンネの唇を――え、唇?


「やっぱり。キスしたいのかな?」

「いや、待て!」

「待つよ。待つから、ちゃんと答えを聞かせてね。でなきゃ……私からキス、しちゃうから」


 やべえ、退路封じてきたぞ! このまま寝落ちしたらごまかせると思ったのに!


 けど。だからこそ、正直になろう。

 リリアンネ……いやリリーとイチャつきたいと思ったのは、初めて見てからずっとだ。実に10年以上にもなる。最初は5年前に全年齢版を買って……いわゆる“エロゲー”版は俺が18になったときの誕生日プレゼントで、ようやく父さんに買ってもらったからな。ずっと、思い焦がれていたんだ。


 分かってるんだ。目の前にいるのは、リリーと同じ名前と姿を持った異星人だって。

 けど、それでも。ずっと憧れていたリリーとキスできるという欲望は、どんどん大きくなっていく。


 薄いけど瑞々しい、淡い桜色の唇。普段は柔らかな声をつむぐそれは、目の前で俺を誘うように輝いていた。


 キスしたい。リリーでもリリアンネでも、構わない。

 温もりが、安心感が欲しい。どうしてか、そう思ってしまう。


 俺はいつの間にかリリアンネの後頭部に手を添えていて、そして……。


「んっ」


 リリアンネの唇を奪った。奪ってしまった。

 お遊びじゃない本気のキスなんてしたのは、リリアンネが初めてだ。


 軽く唇で触れているだけなのに、はっきり柔らかさが伝わってくる。体温より少しひんやりしているけど、それでもずっと、こうしていたくなる。

 息が続かなくなるまで、唇を触れさせ続けた。


 やがて、ぷはっという呼吸音が部屋に響いてから。

 リリアンネは、いたずらっぽく微笑んだ。


「どうだった? ゆーたぁ」

「……」


 感想を求められたが、俺はボーッとしていた。リリアンネの唇の感触、その余韻を味わっていた。


「ゆーた?」

「……最高だった」


 ややあってから、俺は振り絞るような声でリリアンネに返した。


「そっか、よかった。これからはいつでも、キスしていいからね」

「ん……そうする」




 あたたかな雰囲気とリリアンネの体に包まれたまま、俺は眠ってしまった。

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