第10話 アークティア人

 それから俺は、夕食を作った。

 と言ってもリリアンネの部屋で、ではない。食器はおろか食材すらなかったため、一度俺の部屋に戻ることにしたのである。


 なぜまったく置いていないのかは気になるが、リリアンネを差し置いて自分だけのうのうと夕食を食べていられるほど、俺は神経の太さに自身がない。

 リリアンネを俺の部屋に誘って、振る舞った。


 夕食を食べながら、俺は話をした。


「なぁ、リリアンネ」

「なにー?」

「食材とか見当たらなかったけど……これから買うのか?」


 割と本気で不安になっていた。

 アークティア人の生態に関する知識はあるはずなのだが、“リリアンネの部屋に、食材がまったくない”という状況が焦りを生んで知識を押しのけたのである。


「うふふ、ゆーた。私は人間の体があるからこうして食べることもできるけど、本当は何も食べなくてもへっちゃらなんだよ?」

「そうなのか?」

「うん。呼吸や光合成だけで十分だよ」

「あぁ……」


 そうだ、思い出した。

 アークティア人に食事をとる文化は、ほとんどなかったんだ。まれに地球の食事にハマった事例を見たこともあったけど、そもそも必要が無ければしないもんな。食事に限らず、どんなことでも。


「まっ、私はゆーたの料理ならいくらでも食べたいな」

「そっか……それはありがと」


 あまり得意ではないが、料理の腕を褒められるのは素直に嬉しい。

 本当にいくらでも、振る舞いたくなるほどだ。


「毎晩食べに行こーかなー」

「毎晩か……」


 俺は悩んだ。

 実家からの仕送りによる食費は、一人にしては余裕のあるものだ。だが二人となると、やや心もとない。

 たまに食材も送られるが、月に一回だ。そう何度も頼めるものではない。


 とはいえ、余りがちではあった。数週間程度保存の効く料理を作り置きしているのもあって、最近は送る食材を減らしてもらっている。


 少し考えた末、結論を出した。


「構わない。そこまで多くは作れないし手間も少ないものばかりだが、それで良ければいつでも来い」


 食材に関しては、両親にお願いしてまた増やしてもらおう。急なお願いだから理由を聞かれるかもしれないが、そのときはそのときだ。


「ふふっ、ありがとゆーた」


 相変わらず、屈託のない笑顔だ。

 リリーとは別の存在だとわかっていても、同じ姿をするリリアンネにはドキッとしてしまう。


 正直、リリアンネを女性として見つつあるかもしれない。

 そんな恋心か何かよくわからない感情を抱きつつも、残りの夕飯をかきこんだのであった。


     ~~~


 それからは片づけと、お風呂の準備を済ませる。

 リリアンネには30分ほど待たせてから、俺より先に入ってもらった。食後すぐの入浴は体に悪いのだ。


 俺もひとしきり用事やエロゲーの新作チェックをしつつ、お風呂に入る。

 上がったばかりのリリアンネとすれ違った。


 ……まただ。またドキッとしてしまった。

 水もしたたるいい女、という表現を聞いたことがあるが、リリアンネはまさにその通りの状態だった。実際はもう体を拭いて服を着ていたが、そう感じてしまう。


 それだけじゃない、リリアンネの体の匂いを、これほど強く意識したことは初めてだ。今までとは比較にならないほどはっきりと感じる。


 どうしたんだろう、俺。

 2次元キャラだけを愛しているつもりだったのに、生身の体があるリリアンネを、本当に好きになってしまいそうだ。


 リリアンネがリリーを模しただけ、じゃあない気がする。リリアンネ・アーデ・アークティアという女性を、異性として見てしまう。


「ゆーた、入らないの?」

「あ、ああ、今入るさ!」


 リリアンネに話しかけられて、俺は我に返った。

 逃げるようにお風呂へ入る。




 俺の感情は、異星人を間近で知りたいというただの好奇心をとっくに超越していたんだろう。湯船に浸かっている最中、そう確信した。

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