第7話 お隣さん
翌朝。
「ふあぁ……結局、よく眠れた」
リリアンネがあたたかくなるよう抱きしめてくれたのもあって、やけに寝起きはさっぱりしたものになった。
いつの間にか抱擁が解かれており、リリアンネはまだ眠ったままだ。
起こすか……いや、朝食が出来てからでも遅くはないな。
簡単な朝食になるが、作ってくるか。
「もう少しだけ寝ててくれ。出来たら起こすから」
俺は小声で話しかけると、朝食を作り出した。
~~~
「起き……てたか。おはよう」
「おはよう、ゆーた」
起こすつもりだったが、リリアンネはもう起きていた。
「朝食、作ったぞ。食べていってくれ」
「やった、ありがとー」
言いつつ、ネグリジェに手をかけるリリアンネ。
「ちょ、俺の目の前で着替えるつもりか!?」
「ダメ? ずっとこの服のままなのも変だと思ったんだけど」
「いやいやいやいや、着替えるなとは言わねぇよ! けど、せめて俺が部屋出てからにしてくれ!」
「はーい」
俺の必死の懇願もどこ吹く風といった調子で、リリアンネは答えた。慌てて部屋を出ると、するすると布地のこすれる音がする。……考えるな、先に行って待つんだ俺。
3分ほど待っていると、いつもの服――もっとも、「リリーの」という注釈が付くが――に着替えたリリアンネがやってきた。
「ちょっと冷めちまったかな。温めなおすか?」
「ううん、このままでいいよゆーた。ありがと」
リリアンネはそう言って席に着く。
テーブルにはインスタントの味噌汁と事前に炊いていたご飯、それにヨーグルトを並べておいた。
「いただきます」
「いただきまーす。ん、おいしー」
ちょっぴり冷めた朝食だが、気にせず食べてくれた。
割と手軽なものではあるが、喜んでくれるのは作った側としても何よりである。
量もそこまで多くしていなかったので、10分も経たず完食した。
「ごちそうさまでした」
「ごちそーさま」
挨拶を済ませたら、すぐに片づけだ。
俺は軽く食器を水に漬けてから食洗機にかけた。
あとは歯磨きを済ませ、リリアンネを見送る準備を終える。
「準備が出来たら言ってくれ。家まで送るくらいはするさ」
「ふふっ、ありがとゆーた」
リリアンネの笑顔に、また俺はドキッとしてしまう。リリーと同じ姿をしているだけとわかっていても、抑えられなかった。
コートを羽織って出る準備を整えたリリアンネは、「行けるよ」と俺に呼びかける。
「行こう、ゆーた」
「ああ」
俺が先に玄関を出て、リリアンネを待つ。靴を履いて玄関から出たのを確かめると、玄関扉を閉めて施錠した。
「よし。それで、どこがリリアンネの家なんだ?」
「ここだよ」
そう言って指さしたのは、隣の部屋。
「あれ? ここは別の人が住んでいるはずじゃ……?」
「ううん、この部屋で合ってるよ。ここ、今日から私の家だからね」
リリアンネはポケットからカードキーを取り出すと、玄関の端末に触れさせる。
するとあっさり、解錠した。
「ゆーた、おいで」
リリアンネに招かれ、俺は「お邪魔します」と言いながら部屋に上がる。俺が入った直後、背後で施錠する音が聞こえた。
「きれいな……いやきれいすぎる部屋だ」
ふと、感想が口をついて出た。後から振り返れば失礼極まりないのだろうと自分で自分を責めたくなる言いようだ。
しかしリリアンネは、咎めるでもなく俺に微笑む。
「そーだよ? つい昨日来たばかりだから、これからいろいろ揃えていくの」
「来たばかりって……引っ越しは?」
「ゆーたが気づかないようにやったよ?」
「嘘だろ?」
隣の部屋ともなれば、音や気配で気付くはずだ。何より引っ越し業者が来たときは、迷惑というほどではないがそれなりに存在感がある。エレベーターの保護用シート、トラック、そして業者さんの足音や会話などだ。
部屋からの荷物の運び出しだけでもなく、逆に運び入れもしているはず。
だがリリアンネは、それすら気づかせないというのだ。どうやって……?
「私が異星人なの、さっそく忘れてる」
「どういう意味だ?」
「しょーがないか。目の前で見せてあげる。ゆーただから特別だよ?」
戸惑う俺をよそに、リリアンネはさっと手を振った。
次の瞬間、可愛らしいデザインのやや大きなベッドが、一瞬にして部屋のど真ん中に出現した。
「……へ?」
あまりにも突然の出来事に、俺は完全に言葉を失っていた。
「私がやったのは、このベッドにしたのと同じこと。引っ越しに使っただけだよ。あ、前にいた人の了解は取ってるからね?」
リリアンネの説明も、耳に入らない。
俺は完全に、我を失っていた。
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