スムージー

苺パンツちゃん

第1話 雨

どうにもならない。

もう、どうにも。昨夜から降りやまない雨。

湿ったにおいの充満する部室を、あたしは全力で走りさった。

はぁ。はぁ。はぁ。息が苦しい。でも止まれない。止まったら。。。


「あの子本当に空気だよねー!掃除のおばちゃんって感じじゃない?」

「うけるー!」


キャハハと笑いながら彼女たちは部室を去る。

どこにいこうか、スタバに新しいラテが出たらしい、などと、はしゃぎながら

渡り廊下を歩いていく。


掃除のおばちゃんとはあたしのことだ。


バレー部に入ってもうすぐ1年になる。

しかし、わたしは普通の試合はおろか、練習試合にも出たことはない。


どんなに練習しても上達しない技術に加え、消極的で無口な性格も災いして


部内に仲間と呼べる人間は1人もいない。

それどころか、ハブられている。

「掃除のおばさん」というような嫌みを、もう1年も言われ続けている。


幼い頃から、なに1つ長所などなかった。

裕福な家庭に育ったあたしは、ピアノ、塾、バレエ、水泳、英会話といろいろなものを習わせてもらっていたが

なに1つ続くものはなかった。


だいたい1ヶ月もすれば、人と関わることに疲弊してしまい、習っている内容そのものより、まず、周りの環境からフェードアウトしてしまう。

そんなわたしのことを、両親は心底から見下していた。

「なに1つ続かない」「忍耐力がない」「努力がたりない」「あの子は普通じゃない」

夕食の時間には

決まって飛び交う台詞だった。


わたしは自分の部屋で甘食パンを貪りながら

じっとその台詞たちに耳を傾けていた。


2階まで1階の会話が聞こえてくるなんて。。。

2人とも声がでかすぎるな。

面白くもないのに、ふっと笑った。


はぁ、はぁ、はぁ。

息が苦しい。苦しすぎる。もう走れない。


顔をあげると、小さな公園を見つけた。

雨で地面はぐちゃぐちゃだ。


びちゃびちゃと足音を立てて、泥まみれのベンチに腰を下ろした。


もうどうにもならない。

あぁ。。。

雨空を見上げて、目を閉じた。

いつもなら「掃除のおばさん」程度の嫌みなんてスルーしてしまうのに

無理だった。

今日は無理だった。

昨日、母に殴られたからだ。


あたしが幼い頃通わされていた塾に、リナちゃんとう、完璧な子供がいた。

リナちゃんはスウェーデンからの帰国子女で、色白できれいな顔をしていた。


おまけに成績は塾でトップクラス。かなりの人気者だった。


母は塾をとっくにやめた現在にも、リナちゃんの名を出してくる。


「あんたはリナちゃんより頭が悪い」「リナちゃんよりブス」「あんたは無価値」


なにかとリナちゃんを関連付けてきては、わたしをトレーニング用の金属棒で殴り付けた。


金属棒はかなり痛い。

脛を殴られたときは、息ができないほどで

しばらく床をのたうち回っていた。


昨日は、腹をやられて、気持ちが悪くなり、胃液を吐いた。


母は吐き続けるあたしを見下ろし、舌打ちをした。

金属棒を振り落とし、仕事へと出掛けた。


そんなことがあり、今日の「掃除おばさん」についに耐えられなくなった。


もうどうにもならない。

ゆっくりと鼻から息を吸うと、湿った空気とそこにほんのりとカモミールが混ざった匂いがした。


カモミールの匂い?


ゆっくりと目を開けると、青い色が空1面に広がっている。そういえば、雨、止んだ?


感情の感じられない静かな濃紺の瞳と、視線があった。

あ、誰かいる。


そこであたしの意識は途切れた。














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