2.

「なんで来たんだよ! ……と、なんで来たんすか!」

 ザーイムは二人と一匹に声を荒げた。荒げたが、神獣への敬意は忘れない。

 立てこもる人数を増やすことに何の意味があるのかと怒りがおさまらない様子だが、

「現状を把握しなければ、どうにもならないだろ」

 ヴァールは冷静な口調でそう返した。

「それが軍人のやり方か? じゃあ聞くが、軍人ってのは、丸腰で助けに来るものなのか? だいたい何だ、ありゃ。遺却の湖爆弾、不発じゃねえか! 何の効果もないじゃないか」

「まあそうだろうな」

 顔を合わせる度にザーイムが人のことを「湖の水爆弾を作って人を寄せ付けないようにしている男」と言うので、一度だけ試しに作ってみたことがあったのだ。そのまま忘れて部屋の隅に眠っていたわけだが。

 しかしその後、湖から帰ってきたヴァールの衣服を、カムラが平気な様子で片付けているのを見て、汲んだ水では効果がないのだろうと思っていた。

「だが、お前の迫真の演技で、隙が生じただろ」

 おかげで合流できました、と青年が続く。

 何だか、役に立ったような物言いをされるとまんざらでもないザーイムである。

「それでビルカは」

 ヴァールが言うと、ザーイムは真剣な顔に戻り、部屋の奥へと導いた。

 椅子やテーブルを重ね作ったバリケードのうしろ。施設の女性に抱きかかえられたビルカの姿があった。

 生きてはいる。が、どんな状況にあるのかは誰にもわからなかった。

「本当の石の読み方だと言って、無理矢理飲み込ませたんだ。ビルカは何か見えているみたいだったけど……とにかく苦しそうだった」

 ザーイムはビルカを見つめた。

「あのたくさんの石も、やはり強制的に見せられたものか」

 それを知ったらビルカはどう思うだろうか。その場にいた誰もが言葉を失った。

 カラカルがビルカの体に静かに寄り添う。そしてヴァールを見た。

 何かを伝えようとしている。

 真偽の程は定かではないが、まるでカラカルの代わりとばかりにザーイムが口を開いた。

「なあ、ビルカを連れて逃げてくれないか」

 ザーイムは真っ直ぐにヴァールの顔を見た。

「今やつらを撃退できても、またすぐに来るかもしれない。次はもっと多く連れてくるかもしれないし、もっとすごい武器を持ってくるかもしれない」

「やつらをここで始末してしまえばいい」

「他の奴が来ることだって充分考えられるだろ」

 ザーイムは本気だった。真剣に町のことを、ジャバルのことをそしてビルカのことを考えていた。

「大変かもしれないけど、逃げた方がまだ安全だ。ただ、ビルカ一人じゃ、絶対にムリだ」

「どうして俺が」

「俺たちは山の民。山の中でしか生きられないし戦えない。お前なら世界のこと知ってるし、軍人だし」

「元だ」

「何より、お前の作ったものでなければ、ビルカは満足しないだろ」

 ザーイムが言うと、居合わせた者たちから失笑がもれた。

「ふもとまでは案内人をつける。だから、頼むヴァール」

 ザーイムだけではない。

 いくつもの瞳に願いをたくされ、それでもヴァールは頷くことができず、

「俺は――」

 言いかけた時、銃声が激しさを増した。

「ダメだ! そろそろ矢が尽きる! くっ。あいつらどれだけ弾持っていやがるんだ!」

 弓の射手が声を上げた。

「うだうだ言ってる暇はないんだ、ヴァール! 俺たちが引きつけてる間に、お前は裏から行ってくれ!」

 ビルカの体を大きな織物でくるみ、無理矢理ヴァールに背負わせる。そして「これを」と一丁のライフル銃を手渡した。失想者の家に非常用として置いてあったものだと言った。古いものである上、安物だから使い勝手は悪いかもしれないが、と。

「いや、俺は銃は」

「頼んだぞ。じゃあな!」

 そう言ってバリケードの向こうに戻っていった。

 ヴァールは押しつけられた銃に視線を落とした。冷たい金属の感触。油の匂い。グリップに手をかければ、腹の底から何かがこみ上げてくる。

「大丈夫か?」

 案内役として残った例の伝令の青年が、心配そうにヴァールの顔をのぞく。心配そうではあるが、半面、ヴァールを急かす風でもある。

 外では両陣営の弓の音、銃声、叫びがはじけた。




 青年は振り返る。

 何度も何度も、声のする方向を振り返る。

 ヴァールは銃の重みを、背負ったものの重みを感じながら、スピードの上がり切らぬ青年の背中を必死に追いかけた。

「どうして俺が」

 切れ切れになる呼吸の間でこぼすと、背中で少女がうごめいたような気がした。

「起きたのか?」

 気のせいか。

「ビルカ?」

 名前を呼ぶと、わずかに反応があった。声が聞こえる。

「ビルカ」

 もう一度呼びかけると、うなり声が聞こえた。

 ヴァールは振り返る。村から届く争いの声に耳を澄ます。

 距離は確かに開いている。少しくらいならいいはずだ。

 ヴァールは前を行く青年を呼び止めて、大きな岩の陰にビルカを下ろした。

 ビルカは未だ目覚めない。だが、かすかに口が動いている。誰かを呼んでいる。

 ヴァールはビルカの声に耳を寄せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る