叙述トリック談義 その2 彼女は交換留学生

第一話 お盆のUターンラッシュ①

 三十年ぶりに元号が改元され、五月から令和に変わった。

 ネット界隈では賑やかな祝砲をあげるように自身の写真をアップしていたが、梅雨を過ぎ、お盆休みになってようやく落ち着いたようだ。

 飽き性で些細なことでも炎上させたがりな世間の目は、来年度にて開催される東京オリンピックに移ってしまったのだろう。


 そんな令和最初の夏。

 大学生である俺は、実家である青森県に帰省し、日本の夏を満喫しきった。

 避暑地のやや涼しい気候に浸っていたら、あっという間にお盆が終わろうとしている。かなり名残惜しいが、明日からお盆のUターンラッシュが始まってしまう。巻き込まれたくないので、遥か遠く離れた我がキャンパス“Sキャンパス”に戻らなければなるまい。


 最寄り駅であるここ盛岡駅の新幹線ホームにて、俺は待つ。今の時刻は午後三時前、定刻通りならもうすぐ東京行きのはやぶさが来るだろう。とはいえ……、

「別にここまで来なくたっていいのに」

 けたたましく響き渡るアナウンスの声を聞き流しながら、横に目線をずらすと母さんがいる。わざわざここまで送ってくれた運転手だ。相変わらずのニコニコ顔で、

「いいじゃないの、たまにしか来ない息子の見送りに来ても」

「いや、だからって……」


 さらに後ろを振り向く。一家勢揃いで五、六人はいる。小三にもなる従姉妹までいる。

 人前だが、頭を抱えたくなる。今時ここまでおせっかいな家族があってたまるか、と。

 駅まで送ってくれるのは嬉しいのだが、わざわざ紙の切符――曾祖母はICカードの使い方が分からないので――を買ってまでついてくる……そんなに俺のことが心配なのか? 何歳だと思ってるんだよ。


「そういえば、ツムギ。そろそろお米が少なくなってたりしない? 送るわよ」

 母親がおせっかいを言った。

「いや、要らないから」

「そんなこと言わずに、ちゃんと食べないと体調崩すでしょ。ついでに野菜も送ってあげるから」

「だから、車でもいった通りあっちで買うって言ってるだろ。べつにそんな心配要らないって――」

「あ、そう言えばそろそろ秋ね。今年は暖冬になるらしいけど、念のため冬着とか買って送っておこうかしら。それと、リンゴとカキと――」

 ああ、もうダメだこりゃ。まるで話を聞いてくれない。

 早く来てくれ、俺が乗るスカスカ(多分)の新幹線よ――と、頃合いを見計らったかのごとく、ホームに白く長いフォルムが滑り込んできた。東京行きの新幹線、はやぶさだ。


「じゃ、来たから」

 わざとそっけなく言ってから、五号車に乗り込んだ。指定席に座って窓越しにホームを見るとまだいた。ちょうど目の前、早く帰ればいいのに。

 発車のベルが鳴り響くなかで、集団の後ろにいた曾祖母が従姉妹に何かを吹き込んだらしく、小さな彼女が前に躍り出た。それから元気よくブンブンと腕を振る。大声で何かを言っているようだが、こちら側からは口パクでしか見えない。

 アテレコすると、おそらくこんな感じだろうか。


 ――サツキちゃん、お兄さんにお別れしようか。

 ――うん!

 ――ツムギ兄ちゃん、またねー!


 控えめに言っても恥ずかしい。でも、屈託のない笑顔がかわいい。

 叫ぶようにお別れの言葉を言っているだろうし、俺は振り返した。すると、さらにブンブンと大きくなった。ぴょんぴょん跳び跳ねて、両手を振る。みんな笑顔だ。

 それ以上はやめてくれ。新手の羞恥プレイだぞ。


 ようやく電車が動き出した。ゆっくりと距離が離れて、ホームを飛び出した。見えなくなっただろう頃になって、俺はふう、と息を吐いた。

 停車駅のアナウンスを聞きながら、車内を窺う。満席ではないものの、まあまあ混んでいる。みんなこれから始まる本格的なUターンラッシュから一足先に逃れたい人達なのだろう。みんながみんな旅行バックやらキャリーバックやらを専用の棚に付けている。考えることはみな同じらしい。

 車窓にて速く流れゆく夏を眺めつつ、とりあえず駅弁を食おうと思って、前の席にある収納机を傾ける。

 アナウンスでは終点の東京までざっと二時間十分といったところらしい。二時間ちょいか、と、ポケットからスマホを取り出した。


「あ」

 と、声を出してしまい、周囲を確認してからにやりとする。連絡が入っていたからだ。

 再び見る。それは日本語ではなく『英文』だった。



『I'll be waiting at the bus terminal tomorrow. Leia』

「明日、バスターミナルで待ってるね レイア」



 こんな短文が、画面上部からぶら下がっていた。



 ☆



 俺のキャンパス生活はかれこれ三年目に突入しているのだが、彼女――レイアとの付き合いはそんなに長くない。長く見積もっても三、四ヶ月程度だろう。

 というのは、彼女は留学生だからだ。もっと細かく言えば今年の四月より、我がキャンパスに編入してきた外国人留学生の一人になる。


 当たり前だが、外見は日本人離れしている。日本だと雑誌やテレビなど芸能界でも通用するだろう。外人特有のすらりとした鼻筋と、長めでやや栗色を混ぜたような金髪、淡いアイシャドーを施した瞳で見られると、誰もがつい足を停めてしまいたくなる。やや白人よりの素肌を見せて原宿辺りを歩けば確実にになる。文字通り目を奪われてしまうかもしれない。

 そんな彼女とのファーストコンタクトは四月中旬辺りの、とある午前中の出来事だった。俺が教室に入室すると、いつもとは違って室内がざわざわとうるさかった。

 いつもつるんでいる男友達に事情を伺いつつ周囲を眺めてみる。なんとなく教室前方に人が固まっており、噂話をするようにわざとらしく後方に指を差して喋っているのが解った。同調圧力につられ、指呼された先に好奇の眼差しを向けると、そこに彼女がいた。


 中庭を見下ろすようにして窓際にポツンと座る金髪の彼女。

 のちにレイアと判るその人が、机上になにやら奇怪な本を広げて読んでいた。およそ大学生活では似つかわしくない、やけにカラフルな表紙。確実に教科書ではない、そんな不思議な本を食い入るような目で読み込んでいる。

 周りに人は座っていない。周りが避けていたのか、はたまた彼女が外界から拒絶するような冷たい空気を発散していたのかは不明でも、みんな近寄りづらかったのは確かだろう。

 その時、意を決して俺が声をかけてみたのだ。

 最初先入観で、英語で挨拶をしようとしたのだが、相手は長い髪を耳にかけてから口を開いた。


「日本語でいいよ」


 意外なことに流暢な日本語が返ってきた。

 自己紹介がてら、少し話しをすると、気さくに答えてくれる。レイアの生まれはオーストラリア。つまり、オーストラリアからこちらに来た留学生……いわゆる交換留学生にあたるらしい。しかも母方は日系人だという。なるほど、だから日本語で喋れる訳だ。

 カラフルな本を盗み見ると、どうやら旅行雑誌らしい。観光地を撮している絶景や見事な景色が散りばめられ、英文で観光案内が載せられている。

 俺からすれば見知った光景だ。表紙に漢字で『京都』、『大阪』、『奈良』と書いてあるので、日本に憧れているだろうことが窺い知れる。


 こんなときのためにTOEICやらTOEFLやらを受けたつもりはなかったのだが、これらの資格がいよいよ本領発揮する場を設けられたんだなと内心思った。

 そこからなんやかんやで仲良しになり、俺とレイアとの交流が始まったのだ。

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