52「戦いの時間です」②





 ゆらり。


 空間が歪み、ひとりの男が現れた。

 男は、三十手前の男性だった。

 黒髪を伸ばした陰鬱そうな男だ。


「すごいな、あんた。完全に気配も何もかも消していたな」

「ふん。我が不可視のスキルを見破りながらよく言う」

「俺は耳がいいんだよ。心臓を音を止めるくらいしないと」

「……ふざけたことを!」


 サムは特別周囲を窺っていたわけではない。

 ウルもレプシーも、友也も気づいていたが、雑魚だったので相手にしなかっただけだ。


「あんた、勇者だな」

「いかにも」

「何その話し方、ウケるんですけど。というかさ、無理して強者感出さなくていいから」

「我を侮辱する気か!」

「侮辱も何も、今もこうやって俺と対峙しているだけで緊張で心臓ばっくんばっくんでしょうが」

「――っ」


 魔力強化されたサムの五感は通常よりも鋭くなる。

 だが、戦いの最中に五感が強化されてしまうと、日常との「ズレ」によって不具合が起きることがある。

 今まで意識的に感覚を抑えているが、それでも普段より敏感だ。

 そのような状況下だったからこそ、男の心臓の鼓動を聞くことができたのだ。

 サムが気づいたのだから、ウル、レプシー、友也も気づいていた。


「さてと、異世界から勇者として召喚された勇者くん。まず名乗れよ」

「……我が名は」

「あ、もういいです。きっと本名じゃなくて異世界名を名乗ろうとするんでしょう? そういうのいいから」

「わ、我を馬鹿に」

「その口調もどうなのかなぁ。あんた地球で我とか言わなかったでしょうに。召喚されて急にキャラ作りしちゃったの? それとも、妄想日記を現実にしようとしているタイプ?」

「きさっ」


 顔を真っ赤にして言葉すらまともに出てこない勇者にサムは笑う。

 このような挑発に乗るような奴は遅かれ早かれ死ぬだろう。

 こうやって対峙していたも、特別強い力を感じない。

 不可視のスキルは稀有かもしれないが、脅威ではない。

 仮に消えても、全方位に魔法を放てばいい。


「あんたが召喚されてまだ一ヶ月も経ってないだろ? 大丈夫か? 人間を相手に戦えるか?」

「舐めるな! 我はすでに多くの命を奪った!」

「あら、対人戦をもう経験済みか」

「無論! 我はこの国で数多の奴隷と罪人を殺してきた! 貴様も同じように」

「がっかりだよ」


 サムは軽く腕を振るう。


「それは戦いじゃない。弱者を虐げただけだ」

「はっ! この世界では強者が弱者を蹂躙することが許されている! 我は不可視のスキルと、氷に特化した魔法を与えられた勇者ぞ!」

「あ、はい。誰かからもらったものでそこまで偉そうにできるのも才能だね」


 再びサムは腕を振るう。


「愚弄するのか!」

「してますとも!」

「――いいだろう。我も弱者ばかり踏み潰すだけでは飽き飽きしていたのだ。他国の人間がスノーデン王国の王宮に殴り込んだ度胸は認めてやるが、勇者である我に出会ったのが運の尽き!」


 勇者がいやらしい顔を浮かべた。


「我はいずれ神を殺す存在となる! そんな我の名を刻むといい! 我が名は……あ、あれ?」


 男は違和感を覚えたように名乗りを止め、きょろきょろと自らの身体を見ると、顔を真っ青にした。


「な、なんで、僕の腕が落ちているの?」


 男が震える。


「あ、俺が斬っておいたよ」

「なんで?」

「なんでって、隙だらけだから?」


 深い理由などない。

 斬ることができたから斬っただけだ。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!? 痛いっ、痛いよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 ようやく我が身に何が起きたのか理解した勇者が絶叫をあげた。


「うるさいよ?」


 サムが腕を三度振るうと、勇者の首が飛んだ。

 どっ、と首が床に落ちて転がる。

 続けて、両手を失った胴体がゆっくり背後に倒れた。

 音を立てて地面にぶつかると同時に、血を撒き散らす。


「あ、ごめん。結局、あんたの名前を聞いてなかったよ。まあいいか。それにしても……勇者って弱っ!」






 〜〜あとがき〜〜

 名もなき勇者さんひとり死亡。


 3/27に「いずれ最強に至る転生魔法使い」コミック3巻が発売となりました!

 何卒よろしくお願いいたします!


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