間話「父の最期です」②
カリウス・ラインバッハは、スカイ王国最北端にある鉱山で働かされていた。
髪と髭は伸び放題で、栄養不足なのか実年齢よりも十歳ほど老いて見える。
何枚も着重ねた古着は汚れ、埃臭い。
剣を握り続けた自慢の手は、あかぎれと細かい傷でボロボロだった。
実子マニオンが妻ヨランダと共に犯罪行為を行ったことで、捕縛され、爵位も家も一瞬で失い現在は労働刑を受けている。
しかし、カリウスは「なぜこんなことになった」などと考えたことは一度もなかった。
マニオンを甘やかしたのも、肥えて甘ったれた性格になったときに見限ったのも自分だ。その報いが来ただけだと甘んじて罰を受けていた。
長男のサムは実子ではなく、王家の一員だった。三男と生まれてくるはずの子も、自分のことではなかったことは既に知っている。だが、それでよかったのだと思っている。
こんな男の子供などいないほうがいい。
「カリウス・ラインバッハ。出ろ」
何度も自分に暴力を振るった看守だが、今日は態度が違う。なぜか緊張しているようにも見える。
牢から出されると、普段なら他の囚人たちから野次な罵声が響くのだが、今日はそれもない。
首を傾げるが、さほど気にならなかった。
「お前には今から風呂に入ってもらう。その後は、着替えと食事だ。髪と髭もちゃんと整えろ。言っておくが、剃刀を渡すが、よからぬ真似はするなよ」
「いったい、なぜ?」
「いいからお前は言われたようにしろ!」
怒鳴るだけ怒鳴ると、看守用の簡素な風呂場にカリウスを残して去っていってしまう。
囚人は風呂などは入れず、ぬるま湯で身体を拭くことくらいしか許されていない。
だが、最北端であるここは寒く、看守たちは風呂に入ることを許されているのだ。だが、しかし、自分がその恩恵に預かられるとは思わず、不思議に思う。
同時に、きっと今日死ぬのだろうと、推測できた。
おそらく、これから死刑か何かになるのだろう。だからこそ、最後に身なりを整えさせるように、どこからか命じられたのだと考えた。
自分の亡骸を実家が受け入れてくれるとは思わないが、それでも最後の身なりくらいはしっかりしていたい。
久しぶりに、湯に浸かって身体の芯まで温まると、剃刀を使って髭を剃り、鋏で髪を整えた。
風呂から上がると、用意されていたのは古着ではなく、上質な服だ。戸惑っていると、看守が現れ、その服に着替えるよう命じられたので大人しく従う。
そして、食事だ。
「確か、お前はここ最近はほとんど飯を口にしてなかったな。胃に優しいものを用意してやったからちゃんと全部食えよ」
「……わかりました」
「不思議そうな顔をしているな。俺だって不思議だが、貴族様のご命令だ。お前に風呂と服と飯を与えることを条件に、いい酒と飯を大量にもらえるんだ。あんまり余計なことは考えねえさ。ま、とりあえず食え」
看守に言われるまま、最後の晩餐になるのだろうと思い、食欲はないが食事をきれいに食べた。
貴族として生まれ、冒険者として苦労はしたが、再び貴族になったことで食事のありがたみを忘れていたことを思い出すには十分なほど美味しかった。
「よし、食ったな。んじゃ、よくわからねえが、貴族様がお待ちだ」
「私に、ですか?」
「そうだ。カリウス・ラインバッハに貴族様は御用のようだ。言っておくが、無礼なことをしたら……わかっているな?」
「はい」
「ならいい。いくぞ」
カリウスが案内されたのは、鉱山の入り口だった。
原則として、囚人と看守以外は、重要な用事などがない限り貴族でもあってもここには入れない決まりがあるのでは、外で会うことは不思議ではない。
だが、カリウスがなによりも驚いたのは、自分を待っていたのが――サミュエル・シャイトだということだった。
「――サミュエル」
思わず名を呼んでしまうと、かつて息子だった少年はなんとも言えない顔をして、小さく頭を下げる。
「こんにちは。数年ぶりですね」
〜〜あとがき〜〜
サムにとって大事なイベントですので、もうしばらくお付き合いください。
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