間話「父の最期です」①





「サム、少しだけ構わないかね?」

「もちろんです。どうぞ、お入りになってください」


 秋が終わり、本格的な寒さがスカイ王国の王都にも訪れていたある日。

 サムの部屋にジョナサン・ウォーカーが訪ねてきた。


 サムは昼食を終えて、子竜をお風呂に入れてさっぱりしたところだったので、部屋で少しだけ休憩していたのだ。

 子竜とのお風呂にはヴァルザードも加わり、子竜の鱗を一生懸命ブラシで擦っていた。子竜たちの父玉兎も加わろうとしたのだが、姉妹の尾っぽでビンタされて叩き出されるなどしていた。


「どうしました、急に? なにか顔色も悪いようですが」


 スカイ王国の愉快な連中が巻き起こすトラブルのせいで胃痛を覚えて顔色を悪すくることもあるジョナサンだが、今日は少し違う。

 どことなく気まずそうな雰囲気だ。

 サムは椅子を義父の前に置いて座ってもらうと、自分はベッドに腰を下ろした。


「正直、今でも伝えるべきかどうか迷っているが、伝えなければあとで後悔するのではないかとも考えている」

「なにか起きたんですか?」


 少しだけ、不安になった。

 ジョナサンは迷っていると自分で言うだけあり、躊躇っていたが決意したように頷き言葉を続けた。


「――カリウス・ラインバッハがもう長くない」

「ああ、そういう話でしたか」


 カリウス・ラインバッハは、かつてラインバッハ男爵として領地を治めていたサムの父親とされていた男だった。

 実家から放逐されながら、剣一本で男爵位を得たカリウスは、剣の使えないサムを冷遇した。

 その後、紆余曲折あり、サムの父親はカリウスではなく、王弟ロイグ・アイル・スカイであることが判明し、死んだと思われていた母とも再会できた。

 一方、カリウスはというと、実子マニオン・ラインバッハが他の貴族領で盗賊紛いのことを行い、サムから全てを奪おうと敵対勢力と通じて魔剣を入手し襲いかかってきたことの責任を取らされ、男爵家は取り潰しとなり、強制労働刑となった。


「まだ生きていたんですね」


 サムは肩をすくめた。

 サミュエル・ラインバッハとしては、カリウスになにか思うことはあるかもしれないが、サミュエル・シャイトとしては思い入れもなにもない。

 冷たい言い方ではあるが、血のつながりもなく、父親として愛された記憶がない。


 ――同じ屋敷に住んでいただけの他人だ。


 もちろん、カリウスの金で雇われたデリックとダフネや使用人のみんな。待遇は悪くあったとはいえ、衣食住はあった。

 まったく感謝していないかと問われると悩ましい。


「元は冒険者として鍛えていただけあり、強制労働も苦労はあったようだがこなしていた。ただ、看守や同じ囚人たちからは……その、いろいろとあった」


 言い辛そうにジョナサンは言葉を濁した。

 サムが特別なにかをしろと言ったこともないし、どちらかと言えば存在を忘れて前に進んでいた。

 だが、息子の不始末とは言え、他家で強盗殺人を起こしたこと、王女も暮らしている伯爵家への襲撃。そしてサムは王弟の息子だ、長年の不遇な扱いを面白くないと思う人間は少なからずいるようだ。


「肉体面は問題なかったが、精神面が疲弊していったようだ。実子だと思っていた子供たちが、問題を起こしたマニオン・ラインバッハ以外別の男の子供だった。サムに至っては王族だった。メラニー殿は生存しており、子爵家に嫁ぎ幸せにしている。まともな神経であれば、堪えるだろうな」


 最近では食事を取らず、体力的にも精神的にも衰えているのだという。

 今まで殺されなかったのは、一応はサムの父親であった過去があるからだ。


「まさかカリウス・ラインバッハが俺に会いたいと?」

「いや、そうではない。だが、人の心とは不思議なものだ。興味がない人間であっても、顔を知っている人間ならば、死ねば思うことがある。憎んでいても同様だ。だから、提案だ。あくまでも提案だが、カリウス・ラインバッハに会いに行ってみるのはどうだろうか?」

「わかりました。いきましょう」


 ジョナサンの提案に、サムはあっさり頷いた。




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