74「婚約破棄です」





「マイム……お前がなぜ呼ばれたのかわかっているのか?」

「父上? いったいなにが……僕にはなにも」


 パーシー子爵家。ネイト・パーシー子爵は、息子のマイムを書斎に呼びつけていた。

 呼び出されたマイムは、心当たりがないようできょとんとしている。

 そんな息子の態度に、パーシー子爵は苛立ちを覚えた。


「エリカ・ウォーカー伯爵令嬢の件だ」

「いやだなぁ、改まって。エリカがどうしたんですか? あ、もしかして、結婚を早めるとかですか?」

「エリカ様と呼ぶんだ」

「え?」

「これから私はウォーカー伯爵家に謝罪してくる。お前は、今までしてきたことを精算する準備をしろ。いいな?」


 それだけ言うと、子爵は困惑する息子を無視して立ち上がると、書斎から出て行こうとする。

 マイムは慌てて、父を止めた。


「待ってください、どう言う意味ですか!?」

「――エリカ・ウォーカー伯爵令嬢との婚約は破棄だ」

「なぜ!?」


 子爵はネイトを殴り飛ばした。

 床に倒れる息子に、ネイトは怒鳴る。


「お前のために、私がどれだけウォーカー伯爵に頭を下げてエリカ殿をお前の婚約者にしていただいたと思っている! 器量がよく、魔法の才能を持ち、私を実の父同然に慕ってくれるエリカ殿を婚約者にしていただきながら、よくも女遊びにうつつを抜かせたものだ!」

「ち、父上……ぼ、僕は子爵家の跡取りなのですから、側室がいても問題は」

「順序があるだろう! 女遊びをやめるように言っていただろう! それだけならまだしも、側室にする、愛人として囲ってやるなど、好き放題言っていたようだな」

「そ、それは」

「あろうこうとか、ウォーカー伯爵家の名を使い、挙句の果てにはサミュエル・シャイト宮廷魔法使い殿の名前まで! 息子でなければ、お前など殺しているところだ!」


 今でこそ、胃痛を抱える苦労人というイメージのあるジョナサン・ウォーカー伯爵だが、若い頃はやんちゃで有名だった。

 同世代の、クライド・アイル・スカイ、ローガン・イグナーツ、デライト・シナトラと四人のやらかしてきたことを近しい世代なら知らない者はいない。

 なによりも、サミュエル・シャイトの名を勝手に使うなど、恐れ多いにもほどがある。

 王弟の忘れ形見であり、あのギュンター・イグナーツが執着する相手である。ウルリーケ・シャイト・ウォーカー元宮廷魔法使いの愛弟子であり、ステラ・アイル・スカイ王女殿下の夫でもあるのだ。

 サミュエル・シャイトの出自、人脈は恐ろしいのだが、ネイトが最も恐れるのは戦闘能力と敵対した者への容赦のなさだ。

 今まで彼と敵対して破滅しなかった者はいない。

 パーシー子爵家は心から王家に忠誠を誓っているが、万が一、今回のことでサミュエル・シャイトがパーシー子爵を敵視したらと思うだけで恐ろしい。

 伯爵家と公爵家、王家から敵認定されたら、この国では生きていけない。


「父上、そんな大袈裟な。サミュエル・シャイトは私の義理の弟になるのですから、少しくらい名前を借りても」


 まだ自分のしたことを理解していないマイムを、ネイトはもう一度殴りつけた。


「もういい。エリカ殿とは婚約破棄だ。謝罪も賠償もいらないと言われたがそうはいかん。正式に婚約破棄をするため、私はこれからウォーカー伯爵にお会いし、心からの謝罪をしてくる」

「僕もご一緒に! 誤解を解くことができれば」

「誤解などなにもない。お前の女遊びが原因だ。他にも、エリカ殿の行動を制限していたようではないか。お前はいつからそんなに偉くなったのだ! もういい! ウォーカー伯爵はお前の顔は見たくないので間違っても連れてくるなとおっしゃられている。私もこれ以上、あの方の不興を買いたくない。お前は、部屋で謹慎していろ。いいな、少なくとも私が帰るまでおとなしくしていなければ、家を追い出す」

「父上!」

「二度は言わん。わからぬなら、もうお前は我が子ではない!」


 そう言い残すと、ネイトは執務室から出て行ってしまった。

 決して甘やかされて育ったわけではないマイムが女遊びを始めたのは、エリカと婚約が決まった後のことだ。

 もともとエリカに惚れていたマイムはエリカを大事にしていたが、魔法学校に入学して男女問わず人気の彼女を誰かに奪われるのではないかと冷静でいられなかった。同時に、魔法使いとして優れているエリカに対し、凡人の自分が嫌だった。何かする度に、勝手にコンプレックスを抱いてしまい、勝手に嫉妬していた。

 そんな折、子爵家の後継が決まっているマイムを誘う女子がいて、誘いを受けると気が晴れた。

 マイムは、自分よりも家の格や、成績が下回る子を好むようになっていく。そして、いつしか増長し、エリカへの抵抗とばかりに女遊びを続けていたのだ。

 もし、エリカがマイムに怒りを覚えていれば、話はまた違ったのかもしれない。だが、彼女はいつでも良き婚約者だった。マイムは自分のしていることを後ろめたく思い、その感情を消すために、女遊びを続けた。その間だけは、エリカを忘れることができたからだ。

 だが、結局のところ、マイムは安心していたのだ。

 どれだけ優れていても、人気でも、エリカは自分から離れていかないのだとわかっていた。

 そのせいもあり、行動に歯止めが効かず――結果、婚約破棄となった。


「エリカ……あんまりじゃないか、せめて僕にチャンスをくれれば良いのに。僕には一度の過ちも許されないのか?」


 マイムは反省するのではなく、エリカに対し負の感情を抱いた。





 〜〜あとがき〜〜

コミック1巻は2/25発売です!

何卒よろしくお願い致します!

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