70「エリカとヴァルザードです」②





「サムもまだまだね。エリカのあの顔、甲斐甲斐しく世話を焼く様子……そして、ヴァルザードのエリカへの懐き具合、時間の問題ね」

「……あの、俺の記憶違いじゃなければ、エリカって婚約者いましたよね」


 サムが恐る恐る言うと、真面目な顔から一変してリーゼは困った顔をした。


「……あ」

「あ、じゃないですよ。あ、じゃ!」

「ごめんなさい。彼ったらとても影が薄いっていうか、個性溢れる面々と過ごしていると記憶から追い出されてしまうのね」

「酷い!」


 しかし、サムもエリカの婚約者の顔も名前も知らなかった。

 影が薄いから忘れていたのではなく、単純に会ったことも聞いたこともなかった。

 エリカは婚約者を上手くっていると聞いたことこそあったが、それくらいだ。


「エリカの婚約者ってどんな方なんですか?」

「あら? 知らなかったかしら?」

「はい、実は」

「マイム・パーシーよ。エリカと同い年で、私も昔から知っているわ。悪い子ではないわよ。悪い子ではね」


 なんだかリーゼの言葉に含みを感じてしまい、目で問いかける。


「ごめんなさい、ちょっと嫌な言い方をしちゃったわね」

「あ、いえ、そんなわけじゃないですけど」

「パーシー子爵家はね、お母様のご実家の親戚なの。貴族にはよくある親同士の決めた結婚よ。とはいえ、エリカもネイトもちゃんと婚約者として良好な関係を築いているし、ご両親からもエリカは気に入られているわ」

「でもなにか気になることがあるんですよね?」


 リーゼは頷いた。


「ネイトは束縛が強いのよ」

「えっと、どういう意味ですか?」

「エリカに結婚したら、子を産み、育てることを求めているの。良き母良き妻であることだけをね。誤解がないように言うけど、結婚したら良き妻良き母でいるのは当たり前よ。貴族の子女の中には全部丸投げしてしまう子もいるから気にするのはわかるのだけど」

「もしかして、エリカに魔法使いとして制限をかけるとかですか?」

「……残念だけど、結婚すればエリカは魔法使いとして活動することは難しいわ」


 妻に危険なことをしてほしくないという理由がわかるが、エリカのように優秀で、魔法使いとして成長することに努力している人から魔法を使うことを制限するのはどうかと思う。

 サムも、リーゼを心配しているが、剣を取り上げるつもりはない。リーゼも生まれてくる子供に剣を教えることを楽しみにしているのだから、なおさらだ。


「エリカはウルお姉様がいなくなって、少し荒れていたから気にしなかったのだけど……サムが現れ、お姉さまと再会し、魔法使いとして再び火が点いたのよ。学校でも将来有望の魔法使いとして期待されているし、これからだと思うの」

「エリカはなんて言っているんですか?」

「デリケートなことだから触れていないわ。見て見ぬふりができる間はしておいたほうがいいかなって思ってしまったの」

「……難しいですよね。でも、束縛が強いのとどういう関係が?」


 リーゼは少し苦い顔をして口を開いた。


「エリカはね、学園で人気者で、男女問わず慕われているわ。姉としてとても誇らしいけれど、マイムはそんなエリカを面白く思っていないの」

「器ちっちゃ」

「婚約が決まってから、ちょっとしたことでエリカに口を出すのよ。正直、苛つきを覚えることもあったわ。もう旦那気取りなのね、って。でも、結局、エリカが嫌だと言わなったのだけど……きっと駄目になってしまうでしょうね」

「なぜですか?」


 サムの疑問に、はぁ、とため息を吐いてからリーゼは告げた。


「マイムはエリカの他に側室候補や愛人をもう作っているのよ」

「……すみません、ちょっと、俺もリーゼ以外にも愛する奥様がいるので、はい」

「ああ、ごめんなさい! 違うわ、誤解しないでね。妻が複数人いることも、側室がいるのだって、愛人だって別にいいの。貴族だから血を残さなければならないし、家の繋がりもあるわ。でもね、順序があるでしょう? まだ結婚していないのに、エリカにはあれが駄目だと制限しながら、自分は遊んでいるのよ」


 サムもリーゼと婚約中に、ステラ、アリシア、花蓮、水樹と婚約をしていたのであまり偉そうなことは言えないので黙っている。


「ネイトはね、結婚と恋愛は別にしているみたいなの。同級生に恋人がいるらしいし、側室にする、愛人にするって言っているようなの。もちろん、ご両親はそんなことさせないと言ってくれているのだけど」

「よくエリカが我慢していますね」

「家と家のことですもの」


 だからね、とリーゼは続けた。


「私とアリシアは好きな人と結ばれて幸せなの。だから、エリカにも同じように幸せになってほしい。姉として心からそう思うの」


 サムはリーゼの言葉に深く同意した。

 家族として、エリカには女性として魔法使いとして幸せになってほしいと心から願った。






 ――エリカが婚約を破棄したいとジョナサンに告げたのは、三日後のことだった。







〜〜あとがき〜〜

コミック1巻2/25発売です!

何卒よろしくお願い致します!

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