バレンタインデー記念SS「またなんかやってます」






「ふっ。またこの季節がやってきてしまったようだね」


 気障ったらしく前髪をかき上げたのは、スカイ王国名物ギュンター・イグナーツだった。

 明日はバレンタインデーということで、大切な人に気持ちを示す日である。


 昨年は失敗した。

 ギュンターともあろう男が、溶かしたチョコレートの熱に負けてしまったのだ。

 結果、サムの口にチョコレートが届くどころか、ギュンターが頑張っていたことさえ知らないだろう。


「――ということで、できあがったのがこちらです」


 いつも通り白いスーツ姿のギュンターは今年はエプロンさえ装備せず、厨房にもいない。

 彼が生活する、クリーとの寝室だった。

 彼が小さなテーブルに置いたのは、綺麗に包装された小さなチョコレートだった。

 間違いなく手作りではなく、お店で買ってきたものだとわかる。

 ギュンターのどろどろとした熱量、怨念を感じない。普通の、ただただ普通のチョコレートなのだから。


「つまり、日和ったということでよろしいでしょうか?」

「ひ、日和ってなどいない! そこを誤解しないでいただこうか!」


 茶番に付き合わされているのは、ギュンターの幼妻クリーだ。

 いつも従順な妻であるはずのクリーだが、今日は最愛のはずの夫を冷たい目で見ている。


「あまりこういうことを言いたくはないのですが……お店で買ってきたものですよね?」

「店主も驚いていたよ。え、今年は被らないんですか? なんて聞かれてしまった。おかしいね、なぜ僕が昨年チョコレートを被ったことを知っているのだろうか?」

「あれだけ大騒ぎしましたもの、王都で知らない方はいないでしょう」

「サムは知らなかったようだが!?」

「スルーされたのでは?」


 ショックだったのか膝をつくギュンターだったが、基本的に打たれ強いのですぐに気持ちを切り替えて立ち上がった。


「去年の失態は忘れよう。だが、今年の僕は一味違う!」

「日和っちゃったんですものね」

「お黙り! 日和ってなどいないといっているでしょう! 君はわかっていない、クリーママ。愛を伝えるのも大事だが、まず美味しいが一番だと思うのだよ」

「……それは、はい。そうでしょうね」

「なのでプロに任せた。昨年はカカオを取り寄せるところから始めたのだが……」

「え? ギュンター様は一からチョコを作ったのですか!?」

「もちろんだとも。本当なら、カカオの栽培から始めたかったのだが、気候的に難しくてね。いくら僕が優秀なイケメンだとしても、気候まで操作できないのだよ」

「いえ、そうではなく……てっきりチョコを大量購入したのだと思っていましたわ」

「…………その手があったか!?」

「愛するギュンター様に、こんなことは言いたくないのですが――このお馬鹿さん!」」


 クリーもまさかギュンターがカカオを取り寄せてチョコレートを作るところから始めているとは思わなかった。


「しかし、そこまでしていてなぜ日和ってしまったのですか?」

「だーかーらー、日和ってなどいないと言っているだろう!」

「それが日和だとなぜお分かりにならないのですか!」

「でもね、ママ。普通のチョコレートを普通に渡せば、サムも普通に受け取って普通に食べてくれると思うのだが」

「それは……ええ、そうでしょうともね」

「…………」

「…………」

「なぜ誰も言ってくれなかったのかな!?」

「むしろ、わかってやっていたのではなかったのですの!?」


 クリー再び絶句。

 てっきりお馬鹿さんがお馬鹿なことをして酷い目に遭うオチをするために、わざわざ手の込んだことをしていると思い込んでいたのだが、まさか素であったとは。

 クリーのギュンターへの好感度が三億上がった。


「……そうか。普通に渡せば食べてくれたのか」

「あの、わたくしも普通のチョコレートをお渡ししたではないですか。その時に気づいてくださいまし」

「ふっ。僕は過去を気にしないのさ! あー、残念だ! チョコレートが山ほどあれば、被ってもよかったのだがね! クリーママは僕が日和ったと言ったが、あくまでもサムのことを第一に考えてのことで、大量のチョコレートさえあれば笑顔で被っていたさ!」

「――そう仰ると思ってご用意しておきました」

「――ほえ?」

「お願い致します!」


 クリーが廊下の外に声をかけると、荷台に乗せられたでっかい寸胴鍋が運ばれてきた。

 部屋にむせかえるようなチョコレートの香りが充満する。

 ぐつぐつと煮立っていて、チョコレートとして食すことは難しいのではないかと思えてしまう熱さが伝わってくる。


「では、どうぞ!」

「……まあ、待ちたまえ。流石に木蓮殿も三度目の治療はしてくれないかもしれない。まずは治療の予約をとってから」

「へいへい、ギュンター様ビビってる!」

「ビビってなどいない! いいだろう! 小娘め! このギュンター・イグナーツ! 腐ってもスカイ王国っ子だ! この程度のチョコレートに臆すると思ったか! 鍋を持てい!」


 ギュンターが衣服を脱ぎ捨て全裸になった。

 目の前には煮立ったチョコレート。

 ごくり、と唾を飲んだギュンターは鍋を掴んだ。








「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!」







 スカイ王国の青空にギュンターの悲鳴が木霊した。







 ちなみに、三度目だったこともありギュンターは火傷ひとつ追わなかった。

 そして、チョコレートは床にこぼれる前にちゃんとギュンターの結界によって回収されたのだった。





 〜〜あとがき〜〜

 バレンタインデーに縁がないのでこれが精一杯。

 チョコレートはクリーさんがギュンターごと召し上がりました。


 ※本作はコメディの一環であり、食べ物を粗末にすることを推奨しておりません。また、危険な行為を推奨するものでもございません。

 食べ物を大事にし、楽しいバレンタインデーをお過ごしください。




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