59「母の愛です」①
「ごめん、ギュンター。僕のせいで」
ギュンターとヴァルザードは、軟禁されていた。
もともといた部屋に戻されただけでもあるので、ギュンターは裁縫を続けているのだが、一緒にいるヴァルザードは自分のせいでギュンターが敗北したと責任を感じているようで落ち込んでいる。
「ヴァルザードくんは、気にしなくていいのさ。僕にはいろいろ制限があってね。戦いにおいて全力を出せないのだよ。本気は出せるのだがね」
「どいういう?」
「ふふ。紳士の秘密さ」
慰めるように、あまり口にしない自分の秘密を言ってみせるも、ギュンターは全てを語ることはしなかった。
「ヴァルザードくん。僕から提案があるのだが」
「うん?」
「スカイ王国で暮らさないかい?」
「え?」
驚いた顔をするヴァルザードに、ギュンターは優しく微笑んだ。
「無論、君たちの家族を含めてさ。こう見えても僕はイグナーツ公爵家の次期当主でね、それなりに顔が効くのだよ。君たちを保護し、家族として当たり前の生活を送ってもらうことだってできる。君たち兄弟も、学校に行き、友を作り、恋をするという普通の幸せを手に入れるべきだと僕は思う」
大きなお世話かもしれないがね、とギュンターがウインクする。
現状、隠れ家に引きこもり、命令があれば外に出るという生活は健全ではない。
肉体的には十代後半のヴァルザードだが、中身はもっと幼く感じる。
きっと、家族だけの空間で生きているから精神面の成長が少ないのだろう。それを悪いとは言わない。
しかし、彼には、いや、彼ら兄弟にはたくさんの選択肢があっていいと思うのだ。
「そんなことが叶えばいんだけどさ。無理だよ」
「今は無理かもしれない。だけどね、きっと少し待てばサムが来てくれるさ」
「サミュエル・シャイトが?」
「もちろんだとも。彼が僕を囚われたままでいられるはずがないからね」
「……サミュエル・シャイトは強いと思うけど、あの男には勝てないよ」
「ふふふ。心配はわかるよ。だけどね、あの男には人として決定的に足りていないものがある以上、サムは負けないよ」
「足りていないものって?」
「――愛さ」
ギュンターははっきり言った。
情と言い換えてもいいのかもしれない。
とにかく、あの青年には、人でも魔族でも持ち合わせている愛がない。
あるのは女神に対する執着だけであり、その感情だって決して愛とは呼べないだろう。
いくら利用するために造ったヴァルザードたちであっても、彼らは命を持ち、生きている尊い存在だ。そんな彼らを「おもちゃ」扱いできるような男が、愛を持っているはずがない。
ギュンターは男を憐れにさえ思った。
「愛、か。僕にはわからないや」
「家族を大切に思う気持ちも愛だよ。君は、家族のために危険を冒した。決して誉められない行いではあるが、自らを犠牲にしてでも家族を守ろうとした。その心は美しく、気高い。安心していい、君は素敵な少年だ」
裁縫の手を止め、壁に寄りかかって膝を抱えているヴァルザードに近づくと、ギュンターは兄のように優しく頭を撫でた。
「さて、そろそろ休みたまえ。僕は作業があるが、君はちゃんと眠った方がいい。悪いことを考えていると精神にもよろしくないからね。一度、眠って気持ちを切り替えたまえ」
「うん」
頭を撫でられくすぐったそうにしていたヴァルザードが素直に頷いた時、部屋の外から鍵が回され、オクタビアが入ってきた。
「ママ?」
「オクタビアくん……顔色が悪いが、大丈夫かね?」
小さな灯りだけしかない部屋の中でもはっきりわかるほど、オクタビアの顔色は悪い。
何かに必死に耐えているような印象を受けた。
汗を浮かべて、荒い息を吐くオクタビアは、ギュンターとヴァルザードを確認すると、苦しそうに、それでもはっきりと言った。
「――逃げなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます