49「囚われのギュンターです?」①
「ヴァルザード! ようやく帰ってきたのね!」
家に戻ってきたヴァルザードを出迎えてくれたのは、涙を浮かべて心配していた母オクタビア・サリナスだ。
エプロンを身につけて、フライパン返しを持っている彼女はきっと料理をしていたのだろう。
香ばしく甘い香りが、家の奥から漂ってくる。
「あの人も、私に何も言わずヴァルザードにお使いを頼むなんて……ところで、お使いってなんだったの?」
「えっと、それは」
ちらり、とヴァルザードがギュンターに視線を向けた。
「――やあ。ご婦人。僕はギュンター・イグナーツ。スカイ王国が誇る美男子さ!」
きらん、と白い歯を輝かせるギュンターに、オクタビアは視線を外すと、ヴァルザードと視線を合わせた。
「ヴァルザード。こんな変態モンスターはうちでは飼えないわ。もといたところに捨ててきなさい」
「……さすがの僕も拾われた可愛い子犬のような扱いを受けるとは思わなかったので、動揺を隠せない」
「どこの誰が可愛い子犬よ! 鏡を見てから言いなさい! ヴァルザードもどうしてこんな大陸中に名を轟かす変態を家に――はっ」
オクタビアは言葉の途中でなにかに気づいたようだ。
ヴァルザードは、サミュエル・シャイトの最愛の人を誘拐してこいと言ったが、その代わりに家族に手を出さないと言う約束を交わしている。どこまで母に伝えるべきなのだろうか、と悩む。
「……そう。ついにこの日が来てしまったのね」
「ママ?」
「かわいい息子が、いつか恋人を連れてくる日がくると思っていたけど、これはないでしょう!」
「あ、あの、ママ? とんでもない誤解を」
「男同士が駄目だなんて野暮なことは言わないわ。でもね、大陸一の変態は駄目よ、駄目駄目! 引きこもっている私でさえ知っているようなド変態が、息子のお嫁さんになるなんて、ママは許しませんからね!」
「ご婦人。あなたは誤解しているようだ。僕はあくまでもサムの愛の虜であり、御子息の恋人でもお嫁さんでもないのだが」
「私のかわいい息子をたぶらかしたってことね! いいでしょう! 殺してあげるわ! 世界で一番怖いものは、魔王でも女神でもなく母親であることを教えてあげようじゃない!」
魔力を高めて今にも襲いかかってきそうな憤怒の表情をオクタビアを、ヴァルザードが慌てて止める。
「ママ、違うよ!」
「……ヴァルザードくん。やはり君のお母上は、少し魔法の制御下にあるようだ」
「やっぱり」
「実際、僕を見て正気を失っている。おそらく、自分達の家族意外との接触をさせないようにしているのかもしれない」
ギュンターは事前にヴァルザードから、父親を名乗る男からオクタビアが洗脳されている可能性があると言っていたが、この反応からしてそうなのだろうと考えられた。
(ふむ。見た感じ、洗脳は軽くだがされているね。あとは、魅了のようなものもある。僕のような善良な美男子にこれだけ嫌悪感を出すとは……おそらく他者との関わりを持たせたくなかったのだろう)
「落ち着いて、ママ。これも、あの男の……パパのおつかいなんだ」
忌々しくヴァルザードが「パパ」と口にすると、オクタビアの目に理性が戻る。
「どういうこと?」
「サミュエル・シャイトへの対策として、最愛の人を連れてくるように言われたんだ」
「……まさか誘拐なんて」
「ち、違うよ。あくまでもお願いしてきてもらったんだ。僕は、ママに言われたようにひどいことはしないよ」
「なら、いいわ。あの人のことだからなにか考えがあるでしょうね。それにしても……」
ギュンターを上から下まで眺めると、オクタビアはなんとも言えない顔をした。
「サミュエル・シャイトもこんな変態が最愛の人だなんて……歪んでいるわねぇ。妻が数人いるみたいだったけど、みんなえぐい性癖に違いないわ」
この場にサムたちがいないことをいいことに、理性を取り戻したオクタビアは好き勝手なことを言い始めた。
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