50「囚われのギュンターです?」②
「とりあえず、落ち着いてくれたようでなによりだ。では、主役の僕をもてなしてくれたまえ。間違いなく助けにくるはずのサムのために、ドレスで着飾りたいのだが、準備はできているかね?」
前髪をかき上げて気障ったらしいギュンターに、オクタビアが醒めた目を向けて冷たく言い放った。
「んなもんあるわけないでしょう」
「きぇえええええええええええええええええええええええ!」
「ちょ、なによ、発作!?」
「と、囚われのお姫様が王子様の助けを待つというシュチュエーションで、いつのもスーツ姿だと!? 否、否否否否っ!」
「……この男こわっ!」
「ならば自分で仕立てようではないか! 布と針を持てい!」
「……まあ、布も針もあるけど……貴族の坊ちゃんが裁縫とかできるわけ」
「ふっ。愚問だね。裁縫教室に通って十年の腕前をご覧いただこうではないか! わかるかい、ヴァルザードくん。男子たるもの、いつでも好きな子のために家事全般が得意でなければ駄目なのだよ!」
「――うん!」
「いい返事だ。ならばついてきたまえ、基礎くらいは教えてあげよう! そういえば、そろそろお腹が空いたね。僕の手料理を君たち家族に振舞ってあげようではないか!」
ふはははははは、と高笑いしながら家の奥へと入っていってしまう。
家族以外に人が来ることのないため、子供たちが何事かと驚きと、若干の恐怖、そして好奇心を宿して遠巻きに見ている。
そんな子供たちに、「お近づきの印さ!」と、どこから取り出したのか、焼き菓子をひょいひょう取り出し配っていく。気障ったらしく微笑んで、娘たちには薔薇を一輪ずつ渡している。
ヴァルザードに至っては、ノリノリの変態の行動を感心したように見ている。
間違いなく悪い影響があるだろう。
「家族は私が守らないと! 変態にさせてたまるものですか!」
まるで自分の家だとばかりにエプロンをして夕食を作り始め、子供たちに小話をして笑顔をさせるなど、人心掌握はお手のものらしい。
「――でも、どうしてあの人はこんな男を攫ってこいと言ったのかしら? 人質をとってまでわざわざサミュエル・シャイトに関わって何をしようというの?」
■
神聖ディザイア国にて、カリアン・ショーン枢機卿の執務室にノックもなくひとりの青年が現れた。
白いシャツとスラックスを着こなした、二十歳ほどの青年だ。
カリアンは青年の姿を確認すると、椅子から立ち上がり、机の前に出ると膝を折った。
「これは教皇様。おかえりなさいませ」
「仕事中にすまないね。少し用事があったので、寄らせてもらったよ。話をしたいので楽にしてくれかまわない」
「はい。では、そちらの椅子にどうぞ。今、お茶を」
「ああ、気遣いは無用だよ。僕には食事は必要ない……嗜好品は嗜むこともあるが、僕はもう枯れ果ててしまっているからね」
「失礼しました」
「いいよ。じゃあ、話をしよう」
椅子に腰を下ろし、カリアンと教皇は向き合った。
「先日、サミュエル・シャイトと会ったそうだね」
「はい」
「どうだった?」
「発展途上ではありますが、とても強いでしょう」
「すまない。そういうことを聞きたいんじゃないんだ」
「と、いいますと?」
「孫と会ってみて、どうだい? 殺せるかい?」
青年は笑みを消し、カリアンに問う。
「はい。問題なく。私はすべきことがありますので、支障となるのなら孫であろうと関係ありません」
「ならば結構。個人的には、祖父に孫を殺させたくないんだけどね、相手は魔王だから、情はかけなくてもいいだろう。おっと、すまない。僕の悪いところは、思ったことをすぐ言ってしまうことだ。カリアンの心中は複雑だろう」
「お気遣いなく。私は自分の使命を理解していますので」
青年は笑みを浮かべた。
「ありがとう。君のような頼りになる人物がいるからこそ、僕は国を空けることができる」
「頼っていただけて光栄です。しかし、急にどうしたのですか? サミュエル・シャイトと本格的にぶつかるおつもりでしょうか?」
「実を言うと、女神様の復活方法がわかった」
「――っ」
「犠牲も出るが、たった四人だから問題ない。ただ、間違いなく、サミュエル・シャイト……いや、スカイ王国が敵となるだろう」
「もしや女神様の封印場所まで」
「……期待させてしまってすまないが、そちらはまだだ。しかし、復活方法がわかり、その条件を満たしている現在でやらねばならない。そのために、まず敵を確実に殺していこう。勝手なことをしてしまったが、すでにサミュエル・シャイトの最愛の人を攫うように指示してある」
カリアンの脳裏に、笑顔を浮かべる孫の妻たちの顔が浮かぶ。
「彼は魔王だが、まだ子供だ。大きく成長するまえに潰せるなら潰しておこうと思ったんだ。僕たちと女神様の今後のためにね。事後承諾になってしまったが、すまないね」
「いえ、そんなことはありません」
「カリアンならそう言ってくれると思っていたよ」
教皇は椅子から立ち上がり、カリアンの肩に手を置くと部屋から出ていく。
見送ることもできず俯いていたカリアンは、不意に笑った。
「……私にもまだこのような人らしい感情があったのですね」
彼の言葉の意味は、彼にしかわからない。
それでも、きっと他の誰かが今のカリアンを見ればこう言っただろう。
――とても悲しそうだ、と。
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