47「サミュエルは眠ります」





 女神の気配が消え、サミュエルだけが残った。


「君も災難だね。女神だかなんだかわからない存在に使われて」

「……ふ、はははは」

「サミュエル?」

「女神様が約束してくれた。お前をここで殺せば主導権が奪えるんだと教えてくれたんだ!」

「あんなよくわからない存在を信じるのか?」

「僕は、人生をやり直したいんだ!」


 サミュエルがサムに飛びかかる。

 しかし、実力があるわけでも、スキルを使えるわけでも、魔法さえも使えなかった。

 あまりにもの実力差に、本当に子供を相手にしている気分になったサムは、反撃しない。しばらくして、サミュエルが力尽きて倒れた。


「なんで魔法も、スキルも使わないんだ?」

「僕が手に入れた力じゃないから使えないんだ!」

「……よくわからない。そういうもんなの?」

「僕だって知らないよ! 僕は、ただお前の中にある闇が僕の形を作っただけの存在だ。今、ここで表に出ることができなければ、消えるだけなんだ!」

「闇を極めることができるって、そういうことか」

「そうだ。僕が表に出れば、スキルは使えなくても、極めた闇を使うことができる。時間はかかるかもしれないけど、お前よりも強くなれる」

「……諦めてくれ、サミュエル」


 サムは、睨みつけてくる少年を真っ直ぐ見た。


「俺はお前で、お前は俺だ……と思っていたけど、違うんだな?」

「魂は同じでも、経験が、感情が、力が、心が、違うなら別人だろ」

「……そっか。じゃあ、絶対に主導権は渡さない。闇の力もいらない。俺は、俺のままがいい」


 はっきり告げたサムの足を、サミュエルが掴んだ。

 ボロボロ涙をこぼし、懇願するように叫ぶ。


「僕は今なら、女神様の力で表に出られるんだ。頼むよ、サム。僕にも、少しだけでいいから、人生を楽しいと思わせてよ!」

「お前は一瞬でも楽しいと思ったときがないのか?」

「ないさ!」

「ダフネとデリックたちが、誕生日を祝ってくれた日もあった。一緒に歌を歌ったこともあった。デリックと釣りにいったよな。ダフネが編み物を編んでくれた。お前の記憶は俺もある。その上で、聞くけど、本当に楽しいと思った時がないのか?」

「そのふたりもお前に取られたじゃないか!」

「取るとか取らないの話じゃないだろう。ふたりは、お前にも俺にも真っ直ぐな愛情を注いでくれた。わかるだろう?」


 なんとも苦々しいと思う。

 サミュエル・ラインバッハという少年は、すでに死んでいる。

 幼い日、義弟に撲殺されたのだ。

 肉体と魂は、今のサミュエル・シャイトに引き継がれて現在に至るのだ。


「ごめんな。俺は、変わってやることはできない。愛している人がいるんだ。大切な人がいるんだ。これから生まれてくる子だっているんだよ。その全てを捨てることなんてできない」

「……わかってる。わかっていたさ」

「今、思い出した。以前、お母さんと再会したとき、母を母と呼べなかった俺に、力を貸してくれたよな?」

「……気づいてくれていたんだ?」

「もちろんだ。なら、俺たちは同じでいいんだ。一心同体でいいんだ。お前もサミュエル・シャイトだ。変わってやることはできないけど、せめて」


 サムはサミュエルに手を差し伸べた。


「俺の中でゆっくり眠ってくれ」


 サムにできること、言えることはそれだけだ。

 サミュエルを哀れに思う。感謝もしよう。それでも、「今」を手放せない。


「……僕はずっと見ているから。もし、ダフネとデリックを、みんなを悲しませるなら、無理やり主導権を奪ってやる」

「覚悟しておくよ」


 サムとサミュエルは手を握り合った。

 サミュエルが粒子となり消えていく。

 否、サムの中に吸い込まれていく。


「……試練は失敗か。でもこれでいいよ」


 サムの中である闇であったサミュエルは、サムの中に眠った。

 力をもらったわけでもなく、奪ったわけでもない。

 ただ眠ったのだ。

 だが、それでいい。


「クソ女神が余計なことをしたけど、おかげで話ができたことには感謝するよ。一緒に行こう、サミュエル」


 サムを覆う闇が晴れた。




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