42「最愛の人が攫われました」③





「ふむ。話の前に、君は監視をされているね。僕の張った王都の結界に入ってくるとはなかなかの出来だが……」


 指を鳴らしたギュンターは、何者かの視線を感じ取り、さらに結界を展開した。

 ヴァルザードと自分を包み込むと、視線は完璧に遮断できた。


「ふむ。これでよいだろう。では、君。その人相からして、君はヴァルザードという真なる魔王だね」

「――っ、僕を知っているのか」

「もちろんだとも。エリカに会いに来たようではないみたいだが、人質をとってサムの最愛の人である僕を要求するとは……なにか事情があるようだ。話したまえ」

「……監視が」

「今は監視の目は届いていない。安心していいよ」


 髪をかきあげえ、笑顔を向ける。

 その余裕のある態度と仕草に、ヴァルザードは安心感を覚えた顔をした。


「頼める義理じゃないが、助けてくれ……僕の家族が人質にされているんだ。サミュエル・シャイトの最愛の人を、あんたを連れて行かないと家族になにをされるか」

「わかった。ならば、行こう」

「え?」


 ヴァルザードは面食らった。

 このまま捕縛される流れを覚悟していたのだが、まさか「行こう」と言われるとは思いもしなかったのだ。


「家族を大切に思う気持ちが本物だとわかる。僕も紳士として微力ながら力になってあげたい。本来なら、ここで捕縛する必要があるのだが、それでは君の家族を救えるわけではないだろう」

「……それは、そうだけど、でも、いいのか?」

「ふっ。愚問だよ。僕が君の家族を救うことができれば、君とサムは戦わずともいい。つまり僕は彼の役に立てるんだ。――それこそ、愛!」

「――愛、か。そうなのか、それが愛か」

「そうだとも。きっとクリーママに夜の勝負で勝てるか不安だからとか、一度勝ったせいで今夜が実は怖くてびびっているから逃げようとか考えていない。愛さ」


 自らのことを顧みず、愛する人のためにその身を犠牲にすることを躊躇わないギュンター・イグナーツに、ヴァルザードは憧れたような感覚を覚えた。


「さあ、行こう。その前に、頼みがあるんだがね」

「助けてもらうのはこっちだから、なんでも言ってほしい」

「妻と従姉妹たちのために買った果実を届けてからでもいいかな?」


 少し照れたように笑ったギュンターに、ヴァルザードも笑みを浮かべてしまった。

 なにを犠牲にしてでも目的を果たそうと張り詰めていたヴァルザードは、ギュンターのおかげで少しだけ肩の力を抜けた。






 ■






 しばらくして手紙と共に果実の入った籠がイグナーツ公爵家に届けられた。

 手紙を読んだイグナーツ公爵は、跡取り息子が拐われたことを知ったのだが、孫が産まれてくるし放置でいいか、と思いかけて「いかん、いかん」と首を振り、クライドに報告しに向かった。

 同じくして、ギュンターから果実の籠と手紙を受け取ったジョナサン・ウォーカーもやってきたので、早速話し合いが始まることとなった。


 そして、イグナーツ公爵家では、自分宛に「ちょっと拐われてきます。ごはんは先に食べていてください。夜はひとりで寝てください」と書かれた手紙を受け取ったクリー・イグナーツは、轟っ、と魔力を高めた。

 それは、人間の領域を超えた、宮廷魔法使いたちを優に凌駕したものだった。


「まさかわたくしの出番が来ることになるとは……かつてドイク男爵領の野うさぎと呼ばれた力をお見せいたしましょう。ギュンター様ぁああああああああああああああああ、このクリーが今お助けにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 いざ、と出撃しそうなクリーをメイドたちが総出で止めようとする。


「ギュンター様にぶち込んでいいのはわたくしだけですわぁああああああああああああああああああああああああああ!」

「お、落ち着いてください、若奥様。もしかしたら、ぶち込む側かもしれません!」

「それはもっといやぁあああああああああああああああああああああああ!」


 次期当主が拐われたものの、イグナーツ公爵家へいつも通りだった。







 〜〜あとがき〜〜

オクタビアさんの受難が始まる!


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