41「最愛の人が攫われました」②





 ヴァルザードは焦っていた。

 家族の平和を守るために、サミュエル・シャイトの最愛の人を連れ去ってくることを命じられたものの、卑怯なことをすることに抵抗があった。

 かつて、ヴァルザードは獣人ボーウッドを唆し、魔王を倒さんとしたことがある。それも命令ではあったが、さほど気にならなかった。しかし、仲間として友として、そして兄のように接してくれたボーウッドを最悪な形で裏切り殺しかけたことを、今では悔いている。

 当時は、外に出たばかりの子供だったが、今は少し成長したおかげか、自分の行為が恥ずべきものだと自覚があったのだ。


 しかし、サムを自分達の父親を名乗る男が敵視している以上、命令通りに彼の最愛の人を攫わなければならない。

 ただ、問題もあった。

 まず、サムは妻が複数人いる。誰が最愛かわからなかった。

 特に誰と決めずに攫えば、サムにとって大きな痛手になることは間違い無いのだが、精神がまだ子供のせいかヴァルザードはちゃんと最愛の人を攫おうと考えた。


 スカイ王国の城下町に忍び込み、行き交う人たちに話を聞いてみると、人によって回答が違う。ひどいものになると、全員最愛じゃないのかと言われたが、さすがのヴァルザードも妻を全員攫うことはできない。

 なによりもサムの妻であるリーゼロッテとアリシアは、ヴァルザードが出会い、なぜか忘れることができないエリカの姉であるのだ。あの男が、サムの最愛の人になにをするのかわからない以上、エリカの姉は攫えない。いや、誰であっても攫えない。

 しかし、家族のために、と思考がループする。


 泣きそうになったヴァルザードは、近くに歩いていた女性を腕を掴み、背後から魔力を込めた腕を首に当てた。


「きゃっ、若い子に強引にされるとか……なんて幸運!」


 小さい悲鳴を上げた女性に申し訳なさを覚えるが、もう後に引くことはできない。

 ヴァルザードは、何事だと視線を向ける人たちに向かい、叫んだ。


「この人は人質だ。僕の要求はたったひとつだけだ。サミュエル・シャイトの最愛の人を連れてこい」


 ヴァルザードの要求に、その場にいた人たちが困った顔をした。

 無理はわかっている。貴族の妻を攫って来いと言ったのだ、平民にできるはずがない。無理だと承知で、ヴァルザードも行ったのだ。

 おそらく男は自分を監視している。ならば、捕縛か何かされて、監視の目が届かないところで、恥を偲んで助けを求めれば、と考えたのだ。


「シャイト様の最愛の人って誰だ?」「やっぱりウルリーケ様だろ」「いいえ、リーゼ様よ」「ステラ様だってまけておらんぞ」「最近、ジュラ公爵が怪しいのよね」「いやいや、オフェーリア様とよく一緒におられるのをみるぞ」「それらなゾーイ様だ」「違うって、薫子様だって」「エヴァンジェリン様を忘れたらいかんだろう!」「男装されているジェーン様とふたりで歩いていると妄想が捗るでござる」「カル様は……ないなー」「おいおい、みんなギュンター様をお忘れか!」「いや、あの方は、口ではどうこう言いながらクリー様ラブじゃないか」「そうだそうだ! クリー様のおかげで、何組の悩める夫婦が素晴らしい日々を取り戻したと思っているんだ! 無礼者!」


「……なんだ、なにを言っている? どう言う意味だ?」

「ああ、美少年の吐息が耳元で……いいのよ、お姉さんを攫っても」

「……サミュエル・シャイトと妻たちは慕われているようだな。まさかその身を犠牲にしてでも守ろうとするとは」

「あ、あのね、そうじゃないの。ごめんなさい。なにか誤解させちゃったかしら。えーっと、この子はきっと他の国の子ね。だってピュアだもの! 誰か助けて! 汚れた私には相手にできないわ!」


 腕の中で女性が騒ぐ。

 きっと人質にされて恐れ、混乱しているのだろう。

 申し訳なく思うが、危害を与えるつもりは毛頭ない。


「――僕の要求はひとつだけだ。サミュエル・シャイトの最愛の人を連れてくるんだ」

「僕ことギュンター・イグナーツをお呼びかな!?」


 切実なヴァルザードの叫びに、なぜか美青年が応え、前に出てくると人質を奪われてしまった。


「君の求めているサムの最愛の人は僕さ」


 きらん、と歯を輝かせる青年は続けた。

 地面を転がり、人質をなくし、どうすればいいのかわからずただ青年を睨むと、彼はウインクした。


「よければ事情を聞こう。心配することはない、僕は紳士なのだからね」


 なぜかは、知らない。

 理由なんてわからない。

 だが、ヴァルザードは、彼になら頼ってもいいのではないかと感じた。




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