8「お祝いの時間です」
「はじめまして、サミュエル・シャイト殿。君の祭りが本格的に始まるので、呼びに来させていただいた」
「あ、はい。というか、すみません、どちらさまでしょうか?」
十八歳ほどの美女から名前を呼ばれ、サムは戸惑った。
見た目こそ美しい女性だが、ちょっとした動きや、言葉遣いが男性のそれだ。おそらく女体化した元男性であろうと推測する。しかし、友子のライブを見て熱狂していた女性たちとは雰囲気が少々違う。
「失礼した。私は、ハイト・マルディラ。伯爵位を賜っているが、かつては貴族派に所属するような愚かな老人だった」
「えっと、これはご丁寧に……というか、お年を召していたんですね。なのにぴちぴちのおねーさんになってしまって。間違いなくギュン子の仕業なんでしょうけど、すみません」
「ははははは。君が謝罪する必要はない。むしろ、感謝している」
「感謝、ですか?」
女体化して感謝する人も珍しいな、と思う。
困惑気味のサムに、ハイト・マルディラが言葉を続けた。
「私はかつて、妻の裏切りにあい、女性が嫌いだった。いた、憎悪していたといっても過言ではない。そんな感情を持つせいで、奴隷の少年たちを集め欲望をぶつけていた」
「濃い話がきたなぁ」
「しかし、私は満足できなかった。だが、ギュン子・イグナーツ殿によって女体化されたことで――真実の自分と出会うことができた」
「そ、それは、その、よかったですね」
「ありがとう。おかげで、奴隷たち少年との関係も改善した。彼らは老いた私であっても愛してくれていたのだが、今の私も変わらず愛してくれている。彼らを奴隷から解放し、夫にするつもりだ。結婚式も上げる予定なので、君にもぜひ出席してほしい」
「は、はい。おめでとうございます。お幸せに」
「すべて君のおかげだよ。今後、困ったことがあれば頼るといい。伯爵程度の私にできることは少ないが、いつでも力になることを約束しよう」
王都を開けていた一週間の間に、自分の知らないところでいろいろなことが起きていることに動揺を隠せない。
握手を求めてくるマルディラ伯爵の手を握る。
「おっと、言い忘れていた。サミュエル・シャイト殿、お誕生日おめでとう」
「……どうもありがとうございます」
「さあ、祭りの始まりです。どうぞ、みんなが待っていますよ」
握手を交わしたマルディラ伯爵が、カフェの扉を開いていくれる。
ものすごく、外に出たくなかった。
そんなサムの服を背後からちょんちょんとマクナマラが引っ張った。
「なあ、サミュエル」
「なんですか?」
「この国は怖いな」
「ほんとそれね!」
神聖ディザイア国の聖騎士が怯えるのだから、スカイ王国は相当なのだと思う。
「だが、それはそれ、これはこれだ。お前の誕生日を祝ってくれる人々がいるのだ。お前は受け入れるしかないのだ!」
「ちょ、やめ、押さないで!」
どん、と背中を押されて、サムがカフェの外に出ると、大歓声が上がった。
「うわぁ、なにこれー?」
なにも反応しないのも失礼だと思い、軽く手を挙げてみると、歓声はさらに大きくなる。
引き攣った顔をするサムを一番動揺させているのは、歓声と拍手をしているのが女性だけであり、誰が元男性かどうかもわからないこと――ではなく、カフェの前に「でんっ」と置かれた神輿だった。
「まさかとは思うけど、神輿に乗れとは言わないよね? みんな笑顔でうんうんじゃなくて、誰か否定して!」
「兄貴おめでとうございます!」
「あ、うん、どうもありがと……もしかしてボーウッドくんですか?」
満面の笑みで近づいてきたのは、猫耳を生やした美少女だった。
猫耳だからわかったのではなく、獣人要素を持ち、サムを兄貴を呼ぶのはボーウッドしかいないからだ。
「さすが、兄貴! 変わり果てた姿になった俺を一目でお分かりいただけるとは……舎弟冥利に尽きるってもんです! 俺のことはボー子と呼んでくだせぇ!」
「ずいぶんとかわっちゃって。獣人要素が猫耳しかないじゃない。ところで、ボーウッドくん、もしかして俺はこの神輿に」
「へい。俺たちが兄貴を担がせていただきまさぁ。ささ、どうぞどうぞ!」
「えー」
日本の祭りでよく見かける神輿は、異世界の街並みに笑えるほど合っていなかった。
神輿の台座は空白だ。おそらくここにサムが乗り、ボーウッドたちが担ぐのだろう。
とても嫌だった。
「ふはははははは! サムお兄ちゃんの誕生日を国が祝うとはわかっているな! さあ、サムお兄ちゃん! 一般市民どもに、その神々しいお姿をお見せしようではないか!」
「レームくんも絶好調だね」
「さすがサムお兄ちゃんだ! 女体化した俺を一目でわかるとは、これぞ兄弟の絆っ! しかし、今はレム子と呼んでもらいたい!」
「その言動とティナに似た顔ですぐにわかりましたー」
女体化しても言動が普段通りだったので、ゴスロリドレスの美少女がレーム・ダニエルズだと考えることもなくわかった。
「さあ、サムお兄ちゃん!」
「さあ、サムの兄貴!」
ぐいぐい押され、神輿の上に乗せられてしまう。
「姉御たちや、他のお姉様が方は目的地でスタンバイ中です!」
「サムお兄ちゃんは、その前に王都の民たちにお姿を披露するのだ!」
「つまり?」
「「神輿に乗って王都を一周だ!」
ボー子、レム子の宣言に、サムは絶望した顔をした。
着飾った民たちが拍手をし、「いざ!」と神輿を担ぐ。
「いやぁあああああああああああああああああああああああ!」
サムの叫びを合図に「わっしょい! わっしょい!」と神輿を担いで進み始めた。
「誰か助けてぇえええええええええええええ! 女体化した人たちが俺を神輿に乗せてわっしょいわっしょいするのぉおおおおおおおおおおおおお! あ、ちょ、マジで揺らすのやめて、酔う、酔うから!」
サムの悲鳴が木霊するが、担ぎ手たちは気にすることなく神輿を担いだまま王都を練り歩くのだった。
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