58「メルシーちゃんの様子が」





 反乱の知らせは、港町から北へ向かった先にある小さな村だという。

 といっても、二百人ほどが暮らす村であり、港町との交流もあるそうだ。

 農業と、狩猟と漁で生計を立てており、子供が少ないらしい。

 反乱を起こしたところで大した脅威になるとは思われなかったが、反乱を起こしたことが問題だ。


 港町だけではなく、領地に住まう人々が前領主に不満を持っていた。

 サムとオフェーリアが港町からやり直そうとしたのだが、他の村や町にその影響が訪れるのは先の話だ。

 すでに新しい領主の就任と、しばらくの間税を一割にした旨を伝える手筈を整えていたのだが、反乱の方が先だった。


 あまりにもタイミングが悪い。

 反乱が起きれば、同調して決起する村や町もあるだろう。

 そうなれば、サムもなあなあにすることはできない。


 体調不良を訴え、宿屋で寝てばかりいるカルに頼んで、さっさと周辺の村や町を回るべきだったと後悔していた。

 しかし、こちらの情報がちゃんと届いていないのに、反乱の情報が届くのが早い。

 情報を持って来た者は冒険者のようだが、町民に反乱のことを伝えると姿を消してしまったようだ。

 冒険者業をしてきたサムだからこそ、善意だけで動く冒険者が少ないことを知っていた。

 そのため、知らないところで何かが動いていると考えている。


(まあ、最悪みんな斬り捨てればいいんだけどさ)


 とてもじゃないが領主とは思えない思考だった。

 もともとサムは、人間関係にドライだ。

 普段は、気の合う人間や変態に囲まれて慌ただしい日々を送っているため、本人でも忘れがちだが、基本的に親しくない人がどうなろうと知ったことではない。


 すでに交流を持った港町の住民や、人魚、ドワーフはさておき、まだ顔さえしらない他の領民に興味があるかと問われれば、ない。

 もちろん、領主としての勤めは果たそうと努力するし、オフェーリアの考えた領地運営も邪魔するつもりはない。

 反乱も誤解からかもしれないし、第三者の企みの可能性もある。

 その上で、きっと面倒臭くなったら、きっと斬り捨てるだろう。


 サムはスカイ王国民でり、王家の血を引いている。王女を妻にもしている。

 しかし、王族貴族としての心構えがないため、こんなものだ。

 目の前に困っている人がいれば手を差し伸べるし、自分のできる範囲ならば手を伸ばして助けたいとも思う。

 それでも、優先順位がある。

 愛する人、家族、友人が優先されるのだ。


 悪さをする貴族のような真似はしないし、王都のような変態騒ぎなら受け入れることができる。だが、敵対されたら、事情がどうであれ、敵と認識してしまったらそこからはわかりやすい。

 自分のそんなところが好きではないし、できることならオフェーリアたちに知られたくない。

 だが、仮に反乱が起きオフェーリアの計画が狂ったり、最悪の場合彼女に危害が加えられそうになったりしたら、微塵も悩むことなく斬り裂くだろう。


「領主様、準備ができました」

「うん。じゃあ、いこっか」


 港町の入り口で腕を組んでいたサムに声をかけたのは、最低限の武装をした漁師のまとめ役ロックスとその息子のハンクスだ。彼らの背後には、漁師と思われる体格のいい人たちが並んでいる。


 最初こそ、サムが単身で相手をしようとしていたが、まずメルシーがついていくと駄駄を捏ねた。

 続いて、オフェーリアが話し合いで片付けましょうと立ち上がり、ロックスたちが知り合いゆえ説得を任せてほしいと立候補する。


 サムとしても、最悪のことはしたくなかったので、まずは任せることにした。

 そして準備ができるのを待っていた。


 すでに、半魚人バルトと人魚のアルプには、海に帰ってもらった。

 反乱が片付いたら、改めて話をしようと約束を取り付けて。


「ところで」

「どうかしましたか?」


 サムが、ちらりと視線を向けた先には、オフェーリアとメルシーが、ドワーフたちに、木材を広げ重ねてさせて大きな一枚の板を作っていた。


「あれはなにをしているの?」

「メルシー様になにかお考えがあるそうです」


 反乱が起きたことで、港町でも決起しないように、また何者かが害を与えないようにゾーイが止まってくれることになった。

 ジェーンは、オフェーリアの護衛だ。

 これで万が一はないだろう。


「考えって、なにかな?」

「おそらく、こちらの面々を運ぶ手段を考えたのでしょう」

「あー!」


 言われて気づく。

 反乱を起こしたとされる村までサムは飛んでいくつもりだった。

 メルシーはもちろん、ジェーンも問題ない。オフェーリアは抱き抱えればいい。

 しかし、ロックスたちのことを失念していた。

 オフェーリアとメルシーはロックスたちを運ぶ方法を考えたようだが、


「あのさ、まさかとは思うけど、あの板を俺が持ち上げるとか……ないですよね?」

「代わりに私が受けたまりましょう。バランスに関しては補償できかねますが」


 明らかに、板にロックスたちを乗せて運ぼうとしているのがわかった。

 順調にロープを通しているのが見える。


「困ったな」

「困りましたね」


 サムとジェーンがどうしようと顔を見合わせると、メルシーが小走りで駆け寄ってくる。


「サムパパ! ジェーンお姉ちゃん、準備できたよ」

「……あのね、メルシーちゃん。あの板にロックスさんたちを乗せるっていう考えはいいんだけど、問題は運ぶ俺たちと、運ばれるみんなの問題があってね」

「それならメルシーに任せなさい!」


 ふんす、と鼻息荒くするメルシー。

 オフェーリアもこちらに来て、メルシーの頭を撫でた。


「メルシーさんにはなにか考えあるそうです」

「ちょっと意外かな。オフェーリアが止めるかと思った」

「ふふふ。子供の成長を邪魔するようなことはしませんとも。失敗したらわたくしたちがフォローすればいいだけです」

「なるほど」

「メルシーさんにはなにか考えがあるようですから、見守りましょう。ドワーフの方々のおかげで準備に時間はかかりませんでしたので」

「そうだね。でも、心配だなぁ」


 仮にメルシーがロックスたちを引き上げて空を飛ぶと提案しても、三メートルほどの体格でしかないまだ小竜のメルシーにできるとは思わない。

 竜なので瞬発的な力は小竜でも人間以上だが、持続性がなかった。

 サムが心配していると、メルシーが自身ありげに胸を張る。


「メルシーちゃんはやればできる子なのだ!」

「ちょっと言葉が違うんじゃないかな」

「アリシアママにお名前をもらって、ウォーカーさん家で美味しいものを食べて、寝て、食べて、寝て、遊んで、元気いっぱいに成長したメルシーなら!」

「のんびり過ごしていてなによりだよ!」


 むんっ、と気合を入れたメルシーが赤く発光する。


「これは、メルシー? 魔力増えてね?」

「ウォーカーさん家のご飯をたくさんたべたから、パワーアップしたのだ!」

「ウォーカーさん家のご飯にそんな力はないよ!」


 突っ込むサムをよそに、メルシーの魔力が膨れ上がっていく。

 今までも十分に大きな力を持っていたが、跳ね上がったのがわかった。

 まだ幼いのに、竜王の子供の竜である青牙や青樹に匹敵する魔力を放っていた。


「素晴らしい。準魔王級ですね」


 ジェーンが感嘆する。

 魔力の余波に吹き飛ばされそうになったオフェーリアをサムが抱きかかえた。

 残念ながら、ロックスたちは転がってしまった。


「ちょ、ま、メルシーちゃん!?」


 魔力が跳ね上がったと同時に、メルシーの肉体に変化が起きた。

 人の身体から竜の姿に。

 しかし、その姿はかつての大きさを超え、ぐんぐん隆起していく。


 ――メルシーは、十メートルほどの赤竜に成長していた。


「えぇえええええええええええええええええええええええええ!? メルシーがおっきくなっちゃった! 成長期!?」


 サムが叫び、オフェーリアが唖然とし、ジェーンが手を叩き、町民が逃げ出した。

 竜の姿でもはっきり笑顔だとわかる顔をしたメルシーが、口から炎と共に言葉を吐いた。


「おっきくなったメルシーちゃんが、サムパパたちをどこでも連れて行ってあげる!」





 〜〜あとがき〜〜

 大・成・長ですわ★

 浪漫先輩「竜の成長! 浪漫だろう?」

 

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