57「悪いこと企んでいるようです」




 サムたちがいる港町から北に少し進んだ場所に、小さな町があった。

 その町では、すぐ傍に澄んだ川が流れていることから、川魚を取り、水辺に集まる動物を狩り生活をしていた。

 ときには港町に毛皮を売り、物資を買うこともあった。

 しかし、その生活は自給自足に近い。今までの領主が存在を知っていたかどうかもあやしかった。それでも税はしっかり取られており、領主の部下が金を収取することに関しては優れていたとわかる。


「この馬鹿息子が! 領主様に歯向かうつもりか!」


 村長ランドンは、ひとり息子のロブが新しい領主に反乱を起こそうと人を集め動き出そうとしていることに気づき必死で止めていた。

 まだ二十二と若いロブは、自給自足の田舎暮らしに辟易していたのだ。だからといって、都会に出る金も手段もなく、村の外で生活する知恵も技術もない。閉鎖された小さな村で不満だけが燻る日々を送っていた。


 領主から税を取られるといっても、さほど取る物がないのも事実であり、重税に苦しみことはなかった。

 町長ランドンは、家族である村人たちが問題なく暮らせていければよいと考えていたが、息子ロブは違った。

 年が近い青年を集め、領主への、貴族への、国への不満を垂れ流す日々。ランドンにも覚えがあり、誰もがかかる麻疹のようなものだと思っていたのだが、まさか反乱を起こそうと企むまで考えが及んでいたとは思わなかった。


 しかも、近隣の村を襲う野盗を引き入れて、だ。


「新しい領主が来たからって、俺たちの暮らしがかわらないのなら、自分たちの手で変えるしかないだろ! 領主はまだガキらしいんだし、数を引き連れて殺しちまえばいいじゃないか!」

「大馬鹿者! 領主様を、貴族を殺してどうする!」

「この領地を俺たちのものにするんだ!」

「……愚かな。領主を殺されて、国が黙っているとでも思っているのか? いや、それ以前の問題だ! 仮に領主様を排したとして、誰が上に立つつもりか? まさかお前がなるとは言うまい?」

「ガキが領主しているよりも、俺のほうがマシだろう?」

「馬鹿者! 村の外も知らないお前に何ができる!」

「やってみなきゃわからないじゃないか!」


 ランドンは頭痛を覚えた。

 息子は本気で領主を殺そうとしている。しかも、その後自分が領主に成り代わろうとしているのだ。村の外にまともに出たことがなく、読み書きも最低限しかできない男がどうして領主の代わりに上に立てると思えるのか理解できなかった。

 仮に領主を引き摺り下ろしたとして、ロブよりも優れた者が国へ訴えるなどするだろうし、そもそも息子程度に他の村や町の住民がついてくるわけがない。

 この町で大きな顔をしていられるのも、村長の息子だから、でしかないのだ。


「考え直せ。お前が馬鹿な真似をすれば、村人全員の責任になってしまう。それでいいのか?」

「失敗しなけりゃいいんだろう?」

「成功するはずがないではないか!」

「聞けよ、親父。港町から新しい領主の情報が届いただろ? 領主はまだ十四のガキで、婚約者と愛人を連れて旅行気分だ。そんなガキに何ができる?」

「だから、その後のことを」


 ランドンは口を閉じた。どれだけ言葉を重ねても息子に届かないと理解したのだ。

 港町から新たな領主の情報が届いたのは今朝のことだ。

 正規の伝令ではなく、情報を売り買いしている冒険者が届けにきてくれたのだが、その冒険者の情報はいつも微妙だった。

 情報屋を気取っているくせに、自分の主観が入り、余計なことを付け加える。きっとその冒険者も領主や貴族を快く思っていないのだろう。


 愚かな息子は情報屋にいろいろ吹き込まれてしまったと思われた。

 でなければ、村を苦しめた野盗と手を組んで領主を殺そうとなどと企むはずがない。

 ロブには、そんな大それたことができるような器ではない。実際、反乱を起こしたあとのことなどまるで考えていない。


(おそらく……情報屋と野盗がグルであろうな)


 冒険者崩れが野盗に落ちぶれることは珍しくない。

 ランドンは予想を立てながら、自分にできることないと諦めていた。

 すでに野盗は村に入り、武器を磨き、飯を食らっている。

 女子供に手を出すような真似はまだしていないが、時間の問題であろう。

 ランドンは、わずかな望みにかけて息子を説得しようとしたが、失敗した。このままでは、反乱を起こした罪で、村人全員が処分されてしまう。

 国とはそういうものだ。いくら領主が悪かろうと、反乱を許すなどという例外は絶対につくらないだろう。


(しかし、誰がなんのためにこのような領地に手を出そうとしているのだ?)


 ランドンには、姿の見えない誰かの目的がまるでわからなかった。





 ※





「しっかし、俺たちにも運が向いてきやがったな」


 元冒険者で元野盗のゾルターンは、いやらしい笑みを浮かべて村から奪った酒を飲んでいた。

 くたびれた皮の胸当てと、大剣を装備し、逞しい肉体を持つ、ぼさぼさの金髪を伸ばした二十代後半の男だった。

 もとは騎士家の愛人の子として生まれ、念願の男子であったことからちやほやされていた。周りのおべっかを鵜呑みにし、増長し、騎士になるのではなく冒険者として一旗あげようと夢想した。

 冒険者になると、自分の実力など大したことがないのだと思い知らされた。

 家に帰るプライドもなく、汚いことを平気で行う冒険者に落ちぶれてしまい、ついにはギルドから追い出された。その頃には、プライドもなにもなく実家を頼ったが、結果は散々なものとなった。

 すでにゾルターンは死んだことになっており、弟が生まれていた。自分よりも優れ、将来有望。騎士になる夢を抱き、父親を喜ばせていた。

 自分の居場所をとられた気分になったゾルターンは、冷たくあしらった父親のまえで弟を殺した。

 いくら優秀とはいえ、まだ子供だ。簡単だった。

 発狂したような父親の悲鳴を聴きながら、ゾルターンは逃げ出した。

 野盗に身を落とし、悪さを続け、生きながらえた。

 すべては家への嫌がらせだ。悪さを重ねて、捕まったら本名を名乗ろう。そして、自分を捨てた家に復讐するのだ。


 そんなゾルダーンのつまらない野望は、今のところ叶っていない。

 辺境領地の小悪党程度では、名は売れない。

 代わりに、好き勝手できた。


「……貴族や王族っていうのはよくわからねえな。羨ましいからって、ここまでするもんか? ま、依頼を引き受けた俺が言うのもなんだが」


 きっかけは、隣国の使者を名乗る人間との接触だった。

 詳細を上手く誤魔化された気がするが、簡単に言うと戦力を持ち、同盟国以外との外交を成功させたスカイ王国に嫌がらせをしたいようだ。

 わざわざこの領地で活動するゾルターンを選んだのも、この地に新しく領主として来たのが、王家と親しい人間だと言う。


 王族に興味はないので、話半分だった。

 依頼が成功した暁には、隣国での生活を保障すると言っていたが、そんなもの口だけだ。

 ノコノコ報酬をもらいに向かえば、殺されるだけだ。

 前報酬をもらっているので、残りの報酬はいらない。

 なによりも、嫌がらせ同然の依頼が成功すれば、自分の実家、スカイ王国に嫌がらせができる。


「もっとも、本当にこんな石に大層な力があるとは思わねえんだがな」


 ゾルターンに依頼されたのは、新しい領主が遣わされたこの地をアンデッドで覆い尽くすことだ。

 もちろん、そのような力はゾルターンにないが、代わりに『黄泉がえりの石』という魔道具をもらった。

 聞けば、普段は石ころで価値はないが、魔力を込めれば魔道具として力を発揮する代物らしい。


 ゾルターンは、依頼を受けたついでに嫌がらせをいくつか増やした。

 田舎暮らしに不満を持つ馬鹿を焚きつけ、反乱を起こさせようと企んだのだ。

 冒険者時代からの知り合いの情報屋を使って、この村と、他のいくつかの町に火種を撒いておいた。

 この村が決起し、周りが同調すれば、領主も出てくるだろう。そこをアンデッドで襲えばいい。

 ロブたちは撒き餌だった。


「ま、成功すれば港町は俺のもんだ。失敗したら、親父の名前を出して、これ以上にないってほど困らせてやるよ」


 この地に潜伏し、悪さしかしていなかったゾルターンは想像もしていなかった。

 まさか相手にしようとしているのが、魔王であることを。






 〜〜あとがき〜〜

 同盟国と言っても、スカイ王国の人脈を羨ましいのですわ。

 ということで嫌がらせ。しかし、この一件をきっかけにあたらな出会いがありますの。

 展開をお楽しみにしてくださいませ!


 コミカライズ、書籍、そろってよろしくお願い致しますわ!




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