Halloween記念SS
「異世界では合法的に悪戯をしても構わないハロウィーンという日があるそうだよ」
「あら? そんな日があるのですか? 異世界とは少々おかしな世界ですわね」
イグナーツ公爵家。ギュンターとクリーの寝室で、珍しく穏やか感じで夫婦が会話をしていた。
「なんでもお菓子を奪って悪戯までして許されるらしい……僕は全知全能なイケメンだが、なかなか理解に苦しむね」
「略奪が許される日があるとは……恐ろしいですわね、異世界とは」
スカイ王国最強の変態と、その変態を凌駕する妻は、異世界の文化に戦慄している。
残念ながら、ふたりの知識が間違っていることを教えてくれるような親切な人間はここにはいなかった。
「あと、仮装もするようだ」
「なるほど。身元がバレないようにするためですわね」
「さすが、ママ。犯罪者の心得は熟知しているようだね」
「まあまあギュンター様。お褒めしていただいても何もでませんわ。もう少しお時間をいただければ母――」
「お黙り! 今はそういう話をしていないでしょう!」
和やかな雰囲気が一瞬で霧散する。
いくらギュンターが変態性が強くても、クリーには勝てないのだ。
「失礼致しました。ハロウィーンのことですわね」
「……収穫祭の一面もあるようで、その日は全員がカボチャしか食べられない縛りがあるらしい」
「なぜカボチャを?」
「さあ?」
「ところで、どなたからハロウィーンのお話をお聞きしたのですか?」
「霧島薫子君だ。先ほど、女神様へお祈りをしてきたのだが、帰りに会ってね。彼女もスカイ王国にまだ慣れていないようだが、頑張っているようだ」
「聖女様にお会いしたのですね。……そうでした。私か薫子様は異世界から召喚された稀有な方でしたわね。しかし、薫子様の故郷で、略奪と悪戯が許されカボチャしか食べられない収穫祭があるとは、随分と不思議なところからおいでになったのですね」
「異世界とは複数あると聞く。そんな狂った世界があってもいいだろうさ」
この世界を狂わしている代表夫婦が言うに事欠いて他の世界を狂っているとどの口がいうのだろうか。
しかし、やはり突っ込むものはいなかった。
「ところで、そんなお話をわたくしにする理由はなぜでしょう? いつもでしたらわたくしには内緒でサム様に全裸という名の仮装で襲い掛かるものだと思っていましたが?」
「僕も学んださ。僕のすることはひとつ――こうさ!」
座っていた椅子から立ち上がったギュンターは、床に膝を突き美しい土下座をした。
何度も土下座をした土下座の戦士だけが許される、神々しささえ覚える土下座だった。
「今月の最後の日に、イグナーツ家が舵をとってハロウィーン祭りをすることになりました! その日、その日だけは、僕を自由に遊ばせてください! なんでもしますから!」
懇願するギュンターは、自分が失言したことに気づいていなかった。
クリーが、口を三日月のごとく歪ませる。
「――なんでもする……と、今、言いましたわね?」
「あ」
失言を悟ったときには全てが遅かった。
「ええ、ええ、いいでしょう。お約束しますわ。わたくし、クリー・イグナーツはハロウィーンの日には、いっさいなにも致しません。良妻として夫を笑顔で送り出させていただいましょう」
クリーは契約を取り付けた悪魔のように嗤う。
「最近、ギュンター様との愛の日々にも刺激が欲しかったところです。ハロウィーンを楽しんだ翌日に、いいえ、数日後でも構いません。ギュンター様からわたくしに――お・ね・だ・りをしていただきましょう」
「なん、だと」
魔王さえ恐れるであろう要求をしてきた妻に、ギュンターはただただ恐怖を覚えた。
自分が小刻みに震えている自覚をしながら、妻を見上げる。
「いつも受身ばかりのギュンター様が、陛下となにかを企んでいることは存じています。なので、その前に、身も心もわたくしに屈服していただきましょう!」
「この悪魔め!」
「あらあら、別にわたくしは構いませんわ。しかし、ご自身の都合が悪くなると、お言葉を翻してしまうのですね。ギュンター様にはがっかりですわ」
「ば、馬鹿にするな! 男、時には女であるギュンター・イグナーツに二言はない!」
「では、楽しみにしておりますわね。存分にサム様や皆様とお楽しみください」
「ぐぬぬ」
「あ、ですが、わたくしだってお祭りに参加いたしますわ」
「もちろんだ。いくら私でも、自分だけが祭りを楽しむわけがない。……まあ、なんだ、非常に不服ではあるが、露店を一緒に回るくらいはしてやってもいい」
そっけない言種だったが、ギュンターからのお誘いにクリーが悪魔から一変して花が咲いたような笑みを浮かべた。
「ギュンター様がデレましたわ!」
「デレていない!」
「今日までの調教の甲斐がありましたわ。じゅるり。おっと失礼しました。つい、むらむらしてしまいましたわ。な、なんでしたら、ハロウィーン後ではなく、おねだりの先払いでも構いませんわ!」
「よ、寄るな、やめ、ちょっと歩みよってやればこうだ! サムっ、助けてぇえええええええええええええええええええええええ!」
その後、イグナーツ公爵家と王家、そしてジュラ公爵家が協力して、王都でハロウィーン祭りが行われた。
仮装したスカイ王国民がカボチャ尽くしの料理やお菓子を食べ、「お菓子を奪うし、悪戯もするぜ!」とまるで蛮族のような言葉を吐きながらも、実際は軽くボディタッチをするくらいのお祭りは大盛況となった。
のちに、このお祭りは気になる異性にちょっかいかけることができる少年少女たちの、恋の第一歩を踏み出すきっかけのような日になり、毎年恒例となっていくのだった。
ちなみに、サム、友也、薫子の日本出身組が、
「なんか、知っているハロウィーンと違う!」
と叫んだのは言うまでもない。
三人の活躍により、次回からのハロウィーン祭りにはカボチャのオブジェが並び、カボチャ以外の料理も食べて良いとなった。
――後日談として。
サムにいたずらしようとしたギュンターは例に及ばず、ぶっ飛ばされて終わった。
それでも、家族同然の仲間たちとみんなでパーティーをして楽しい時間を過ごせたので大満足だった。
ギュンターと城下町デートをしたクリーは、一見するとおとなしかったのだが、内面では欲望がぐつぐつと煮詰まっていたのは言うまでもない。
後日、約束を守ったギュンターがとんでもないことをされたのは言うまでもないだろう。
しかし、イグナーツ公爵家ではいつものことなので誰も気しなかった。
〜〜あとがき〜〜
ハロウィーン回といいながら、ギュンターとクリーの回でした。
着実と調教……ではなく、夫婦の仲が深まっていく二人です。
今後、本編でこの夫婦がシリアスを繰り広げるとは……きっと読者様なら余裕で想像できるでしょう。
それでは、よいハロウィーンをお過ごしください。
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